カテゴリー: 活動報告

  • ■英霊顕彰をいかに後世に繋げていくのかを遺族会と意見交換

    神道政治連盟大阪府本部の企画委員会では、活動目標の一つとして「今後の英霊顕彰はどうあるべきなのか」をテーマにして、遺族会や戦友会などこれまで護國神社をはじめ、いろいろな場所で英霊顕彰をされておられる団体と会合を持つ中で、情報交換をしつつ、具体的に若い世代にどのように継承していくのか企画している。

    去る11月26日には、企画委員会のメンバーと一緒に参加させて頂き、大阪護國神社境内奥にある住之江会館(住之江会館)で意見交換会を行った。神政連としても初めての試みであったが、これまで慰霊祭を斎行した場合でも、実際にご遺族の方々や戦友会の方々がどのように考えられているのか、なかなか生の声を聞く機会がないこともあり、貴重な機会を頂くことができた。

    遺族会の方からは、ご多忙の中で正副会長、英霊にこたえる会会長、郷友会の方々9名が出て頂き、今さらながら英霊顕彰について、会員の減少化の現状の中、他の団体とも意見交換をする中で、御霊の思いを後世に伝えていきたいと思いつつ、意見交換をする機会がないことも実感した。

    遺族会はこれまで靖國神社の国家護持法案が国会で通らなかったことから、8月15日に首相の靖國神社公式参拝へと活動の中心を移したこと、また橋下府政下、補助金がカットされたりしたことに対する要望活動や県や大阪市として慰霊祭を行ってほしいとの要望活動を行ってきたこと、昨年の秋季例大祭後に橋下知事が護國神社に参拝されたことも、遺族会がかなり強く働きかけをしてきたことがわかるとともに、今は高校生に対するアンケートを実施しているとのことであった。

    また慰霊祭にもっと若い自衛官が参加してもらい、自衛隊の中にも英霊の心を根付かせる必要性があること、それぞれの団体が慰霊祭を行っているが、団体だけのお祭りとなっていること、当事者が精神的に麻痺をしてしまい、国全体としては慰霊についてはどうなのかといったところまでは中々、頭が回らない、英霊顕彰をする場合は自虐的な歴史観を払拭することが大切でそのためには教育内容の是正が必要との意見も出た。

    英霊への慰霊とはいい戦争とか悪い戦争に関わったとは別次元で国のために命を捧げた先達の方々の心を偲び顕彰していくという、本来、人間にとって極めて当たり前で、人の道であると思うが、この当然のことを如何に子孫に繋げていくのか、大阪ではやはりこの意見交換会からしか出発し得ないのではないかと感じた会合であった。

  • ■櫻井先生の時局講演会に1600名結集!

     一昨日22日の夕刻、八尾市プリズムホールで、実行委員会が主催なって櫻井よ
    しこ先生の時局講演会が開催され、弁士の長尾たかし・前衆議院議員の演説も
    あったので、参加してきた。

     それにしても夕刻でありながら会場は一杯、1600名の参加者で溢れかえり、相
    変らず櫻井先生の人気度が高いこと、また実行委員会の中心的存在である長尾先
    生が民主を離党、自民党へ入党する意向を示されていることもあったこともあ
    り、話題という点からも注目されていることがよくわかった。

     この講演会自体が、解散・総選挙前から準備されていたこともあったが、この
    時点での開催もまことにタイミングがよかったのではないかと思った。

     櫻井先生は、「日本の進路と誇りある国づくり」と題して、気品のある口調
    で、わかりやすく今、脅威は中国であると断言され、概要、小生が印象深かった
    のは次の点であった。

    ・中国はTPPには反対。中国の国内事情を外に知られたくない。中国にとって
     は、TPPは経済の枠組みを超えて、国内事情が解放されていしまうツールと
     捉えている。

    ・温家宝の一族郎党が2200億万円の蓄財をしていることが、ニューヨーク・
     タイムズ誌でスクープされたが、これも中国国内ではシャットアウト。

    ・領土領海については、これまで言い続ける世論戦、法律戦、心理戦(軍
     事戦)の段階を踏んでいる。

    ・南シナ海の侵略でも明らかなように、軍事力は見せつけるだけでなく、実際に
     使用する。

    ・アジア・太平洋は中国を中心として凄まじい軍拡の時代となっている。

    ・習総書記は、就任演説の中で、「中国共産党」を20回、「偉大な帝国」を30回
     繰り返し、中華帝国の復活を目指していることが明らかとなった。また「軍事
     闘争に備える」という文言も使った。

    ・国内事情の不満を外に向け、その矛先が日本になりつつある。

    ・我が国は中国と価値観の戦いをしていかねばならない。内外に価値観の違いを
     明確に示していく。

    ・我が国には十七条憲法、五箇条のご誓文があり、広く諸問題を議論をして、そ
     れで決したことについて、内外に指し示していく歴史を持っており、中国の不
     正に対しては公正な裁きを行っていくことが必要である。そしてこの価値観の
     戦いに負けてはならない。

     以上、限りなく日本への愛情と持ちつつ、不正には断固として立ち上がる覚悟
    を持つことを迫られているよに実感した。

     またその後の長尾先生の挨拶もこれまでのしっかりとした国家観に基づいて国
    会での活動を展開し、民主党内での孤独な闘いをしてきた経緯、そして自民党に
    入党を決意した経緯などお話があったが、少なくとも議席をもった議員としてギ
    リギリの選択をしてきたお姿を垣間見ることができた。

     国を動かしていくには何が必要であるのかを提示していた講演会であった。

  • ■42回目の三島・森田両烈士慰霊祭、先生の訴えられていることが現実になりつつあることを実感

     昨日11月23日午後、三島・森田両烈士追悼42周年慰霊祭が日本協議会大阪府本
    部を中心とする実行委員会が主催して大阪護國神社儀式殿で斎行され、28名の参
    加者があった。小生も参列させて頂いた。義挙当日の25日がいろいろと行事が
    入っていることもあり、新嘗祭の日に斎行となった。

     今回は国政が解散・総選挙の只中の中であったが、とくに安全保障について自
    民党や維新の会が憲法改正を政治日程に上げようとする動きもある中、いよいよ
    三島先生が義挙の際に訴えられた檄文の通り、世の中が動いていることを肌身で
    感じていることもあり、緊張感の漂ったお祭りとなった。参列者も機関誌「祖国
    と青年」誌購読者だけでなく、メールなどを見て参加された若い方やたまたま護
    國神社に参拝に来られていたおばあさんとお孫さんが参列されるなど、新しい人
    の参列があったことはよかったと思う。

     三島・森田両烈士のご遺影を掲げ、その御霊に参列者全員が、訴えられた志を
    継承せんとして、玉串を捧げていったが、大阪府内では三島精神を受け継ぐ集ま
    りはここしかないことを改めて噛みしめ、我々の使命の思いことを実感した。

     続いて記念講演では大阪国際大学講師の酒井隆之先生から、情勢論ではなく文
    学的思想的に三島先生の拠って立つ位置についてお話があった。

     三島先生の思想的系譜は日本浪漫派の保田與重郎先生で、両先生とも権力とお
    金に代表される近代に決着をつけ、日本の理想について探究したこと、三島先生
    は戦争を体験していないが故に、戦後に取り残されたしまい、義挙に至るまで20
    年間、理想に殉じるために準備されてきた人生であったこと、戦後、独立という
    言葉が失われた時代に対して反抗してきたことなど、三島先生の思想の背景を鋭
    く解説されたものであり、新鮮であった。

     また先生は昭和47年生まれということで、義挙そのものを直接知らないが、だ
    からこそ義挙をされた三島先生という人物について遡っていったという自らの思
    想遍歴についてもお話された非常に興味深く聞くことが出来た。

     その後の質疑応答も活発に行われた。引き続いて、直会も参加者から自己紹介
    や三島義挙と人生の関わりなど、自らの原点を顧みる意義あるひとときとなった。

  • ■天皇陛下が沖縄県民を守って下さっていることを実感した7000名の奉迎提灯パレード

    天皇皇后両陛下の「豊かな海づくり大会」のご臨席に伴う沖縄行幸啓に際し
    て、実行委員会による18日の提灯奉迎活動をお手伝いするために、17日から沖縄
    入り、19日の午後に帰阪した。

     両陛下を心からお迎えしようする奉迎の雰囲気が現地では漲っていて、全国が
    解散、各党派の離合集散の動きの中で、何か忙しさの空気が漂っている中でも、
    ここだけは全く別世界であるという実感が大阪に戻って来てから益々大きくなっ
    た。沖縄は気候的にも、そして人々の心も温かった。

     両陛下の行幸啓は平成16年から8年ぶり、そして皇太子時代も含めると実に9回
    目となる。いかに両陛下が直接、戦争によって軍とともに戦い、倒れられた英霊と
    ご遺族の方々へ慰霊と励ましのお気持ちを強くお持ちであるかが拝察される。

     17日の昼過ぎに那覇空港に到着。残念ながらこの日で雨であったが、丁度、両
    陛下が空港にご到着された所に出くわした、空港玄関前の通路は、既にそのこと
    を知っている人々や通行人で並んでいた。腕章をした学生の実行委員のメンバー
    が、柵に横断幕を付け、小旗を集まった人々に配布し、また元気よく、万歳三唱
    の練習をしており、もうお迎えしたいという気持ちがつくられていた。

     程なくして、ご料車がゆっくりと進み、奉迎者の歓声が大きくなっていく中、
    窓から両陛下が優しい、にこやかにお手を振られた瞬間、万歳の声が鳴り響き、
    感動は最高潮となった。もう天候など、この瞬間には関係がない。

     その後、実行委員会事務局の置いている波上宮に行き、提灯奉迎パレードの概
    要と基本業務の打ち合わせに参加した。全国から、お手伝いにかけつけていた
    が、近畿からもこの打合わせに約10名参加しており、驚きとともに感謝の思いで
    一杯であった。我々、地方からお手伝いに行ったメンバーは、パレードの各梯団
    の責任者ということであった。

     それにしても、パレード集合場所である緑が丘公園での集い、そして県庁前広
    場での奉迎の集い、そして提灯奉迎場所の奥武山公園での集いと、パレード行進
    をする計画であり、大阪ではここまでのイベントを開催すること難しいと実感し
    つつ、ここまで準備をしてきた実行委員会メンバーには大変な事務量をこなして
    いるのだなあと思った。

     その後、雨の中、出発地点から奉迎地点まで下見を行なった。

     下見終了後、私達、近畿のメンバーは、懇談しながら、明日の英気を蓄えた。

     当日は、晴天となり、絶好のパレード日和となった。小生は、午前中にもう一
    度、人で下見を行ない、その後、12時半に緑ヶ丘公園に集合、公園では、奉迎者
    の整列のラインを紐で付けたり、提灯に棒をつけたり、ろうそくの支え用の金具
    を曲げる作業を行ったが、4時位になると次第に人々が集まってきて、奉迎の気
    分も高まっていることを実感した。皆さん、年配の方々ばかりでなく、若い人が
    仕事を終わって集まっている人々も多かったように思う。

     少しずつ、陽が落ちていく中で、5時過ぎからオープニング演奏が行われ、獅
    子舞、カラーガード、琉球国祭り太鼓が続き、6時には出発宣言となった。参加
    者は公園一杯を埋め尽くし、約3000名に膨れ上がった、6時に出発、小生も第4
    梯団の責任者となり、マイクを持ち、万歳の先導をした。とにかく、皆さん、奉
    迎地点まで、約2キロの長い距離で、先導に対して、一生懸命、連呼して頂い
    た。とくに国際通りでのパレードは、沿道のお店かから、おじい、おぱあや、観
    光客も提灯や小旗を持っていて、皆、嬉しそうにこちらを見たり、中にはパレー
    ドに加わった方もおられた。

     約45分のパレードの後、奥武山公園では、両陛下のお出ましの7時55分まで待
    機することになるのであるが、提灯に再点火の準備をしながら、ここでも実行委
    員会メンバーの挨拶があるのだが、瞬く間に時間が過ぎた。

     そして7時55分、ハーバービューホテル9階の明かりが点滅した後、明かりが
    つき、両陛下がお出ましになられていることを、実行委員会の司会が知らせる
    と、一斉に提灯を上下、左右に揺らした。ホテルから約400メートル離れている
    こともあり、肉眼では両陛下の提灯を認識することはできなかったが、司会のメ
    ンバーがこちらの声は両陛下のお立ちの部屋に流れていることを案内すると、一
    段と声が大きくなり、両陛下とつながっていることを確信した。

     ご答礼約5分間、素晴らしい奉迎風景となった。

     実行委員会発表では、県庁前の集いから合流した人々が約2000、そして実行委
    員会その他、周辺の人々を入れて7000名ということであったが、確かに、大阪の
    規模の倍の規模はあったように思え、規模からしても只ならぬものであると思った。

     その後、お手伝いのメンバーで懇談会となったが、充足感に満たされたパレー
    ドとなったことを讃え合うひとときとなった。天皇皇后両陛下の沖縄を思われる
    大御心と、それに応えようとする県民の心の絆が、いろいろな問題があろうと必
    ず、乗り越えていくことができることを確信できたパレードになったのではない
    かと思う。

     実行委員会メンバーのチーム力がパレードの大成功を勝ち取ったことをかみし
    めるた。

     つくづく我が国は、両陛下によって守られているのだと思ったのである。

     大阪でも準備から当日に至る経過を是非、地元で反映させたい。

  • ■第21回桃山御陵参拝団に200名が参加

    ~秋晴れの御陵で、改めて国家建設にお心を砕かれた明治天皇を偲ぶ~

    本日3日の明治節、早朝より第21回桃山御陵参拝団に参加するために桃山御陵
    へ向かった。肌寒かったが、爽やかな秋晴れとなり、絶好の参拝日和となった。
    明治天皇のお誕生日であり、偉大に明治の御代の精神に思いを馳せると同時に、
    現行憲法の発布の日に改めて憲法の欠陥を考えるひとときにすべく、毎年、こう
    やって桃山御陵に参拝できることは、大変恵まれている。小生は毎回、司会と進
    行指揮を担当させて頂いていることもあり、自ずから責任意識も持たざるを得ない。

    この参拝団も国柱会近畿地方連合局が中心となって運営しているが、21回を積
    み重ねる中、関係団体、一般の参加者も増えており、今回は約200名であっ
    た。年に一回だけしかお会いしない顔ぶれの方もおられるが、お元気そうで安心
    した。

    参道入口から2列縦隊となり、しっかりと参進していくのだが、一歩一歩踏み
    しめて御陵に向うひとときが、心を静めて、国のあるべき姿に思いを寄せる貴重
    な時間である。

    明治天皇、昭憲皇太后御陵いずれも、みささぎに立つ木々は、秋の紅葉にた
    たずまいを変えるところで、美しかった。御陵に対し、最敬礼、御製と御歌を奉
    唱、導師の表白文奏上、最敬礼、そして明治天皇御陵では明治節の歌を全員で唱
    和したが、御陵の前で、腹の底から歌うことの素晴らしさ、そして明治の時代の
    壮大な精神を身体中で感じ取ることができ、感極まって目頭が熱くなった。

    続いて石段の下に移動、記念写真撮影の後、臨場講話の時間となった。今回は
    公立高校社会科教諭の黒田裕樹氏が「明治天皇と立憲君主制」と題して、話された。

    とくに明治憲法の制定の過程で、草案第1条に「治ス」(しらす)の大和言葉
    が入っていたことからも、わが国の国体を明確に意識していたこと、また草案が
    枢密院で審議される開院式に当たって、明治天皇は、伊藤博文が勅語案を宮内大
    臣を通じて差し上げたところ、このような大事な会議に当たって、何故、伊藤本
    人が奏上しないのか、お怒りになったエピソードを紹介しながら、明治天皇は憲
    法制定に当たって強いご関心を持たれていたとされた。また、毎回ご出席される
    ことによって、憲法における権威と正当性を自然に高める結果となったこと、明
    治憲法の制定は歴代天皇に対する重責を果たされようとされた明治天皇のご覚悟
    の結晶であったとの指摘は、学ぶ点が多かった。

    講話資料を配布してのお話は、的確なものでわかりやすく好評であった。

    21回を迎えたこともあり、運営スタッフの中にも小さいお子さんを連れて来
    られる方もいて、いよいよ、この行事も世代交代の時期が来ていることを実感した。

    来年もさらに多くの参加者があるよう呼びかけていきたい。

  • ■女性の会教育講演会に300名が結集!

    ~浅川 正人・日本航空高等学校石川校長が講演~
    
     本日27日の午後、高津ガーデン8階で、日本会議大阪女性の会の第11回教育講
    演会が開催され、約300名の参加者で会場満杯の盛況ぶりであった。約7割ば女
    性参加者であった。女性の会はこの講演会に至るまで、定期的に理事会を開催
    し、いかに参加者を結集させていくのかを柱に「設立10周年記念誌 あゆみ」の
    作成、なみはや通信第11号の発刊、女性の会のネットワークを構築するなど、い
    ろいろなアイディアも着実に実現させてきて、理事メンバーの協力関係が緊密で
    あることを感じていたが、今回もその成果が出ていたと思った。
    
     国歌斉唱に続いて、村上知永子・女性の会会長の挨拶、祝電披露・来賓紹介に
    続いて、早速、日本航空高等学校石川校長(つい最近、副校長から校長にご就任
    された)の浅川正人先生が、「日本に誇りを持てる教育を!―あなたは子供がみ
    えていますか?」と題して講演された。
    
     先生は航空学園が数年前に高校野球で初めて甲子園に出場して逆転で勝利した
    ことがあったが、その日が8月15日で、黙祷の後に逆転したことを紹介し、学校
    の教育方針とにある英霊顕彰をしている結果ではないかと確信したという話から
    始まった。修学旅行で必ず、靖國神社を参拝してから海外の戦地に出かけて慰霊
    していることを紹介され、ペリリュー島の激戦やインドネシア独立に貢献した日
    本人などを生徒達に話をして、それまでの戦後教育の毒をとり、歴史に誇りを持
    たせる教育を実践しているとのことであった。
    
     次に神話の話をされ、この国がどのような願いでできたのかを教えていく中
    で、先人の理想がいかに高く、尊いのかを話をすると生徒も興味を持つようにな
    ることなど、実際に現場で生徒達へのどのように接しているのかを生き生きと具
    体的に話された。
    
     また子供達に愛情を捧げれば、克己心が強くなり、我慢強くなることも紹介さ
    れた。
    
     とにかく小生と年齢が同じなのにかかわらず、エネルギッシュで自信に満ち溢
    れ、次第に熱が帯びてくる語り口は、生徒に対する限りない愛情が感じられ、参
    加者にも感動の声が聞こえてきた。
    
     続いて質疑応答も素晴らかった。その後、日本の歌を2曲、調べに沿って唱
    和、濱野矢代依・女性の会運営委員長が閉会の挨拶をして、高揚感を持ったまま
    会が終了した。
    
     配布資料内には女性宮家創設に関するパブリックコメントを政府に届ける資料
    も同封されており、参加者には具体的実践も意識に持ってもらった。
    
     また、舞台の壺花は、村上会長か自ら活けたもので、会の成功に向けてのまご
    ころが感じられた。
    
     総じて、女性の会には今後の活動に展望が持てた講演会となったと思う。
    
    
  • ■英霊顕彰をしつつ、国の守りを目の当りにして、心新たにした靖國参拝ツアー

    ■英霊顕彰をしつつ、国の守りを目の当りにして、心新たにした靖國参拝ツアー

    靖國神社 神門前で
    靖國神社 神門前で

    去る10月4日(木)から5日(金)、かねて予定していた本会主催の第3回靖國神 社参拝ツアーが開催され、事務局含め総勢20名が参加した。運動が続く中での旅 行の企画も大変であるが、この行事は本会にとっては欠かすことができないもの であり、ブロック大会終了から一区切りの旅行でもある。また、ガラッと気分を 一新する機会に進んで入れば、また新しいアイディアも出てくることを確信して いる。これまでの常連メンバーの他、今回、初参加の方も数名おられ、自分の祖 父が靖國神社に祀られている方もおられた。2日間通じて汗ばむ程のよい天候に 恵まれた。

    靖國神社参拝ツアーも3回目を数えることとなったが、毎年、靖國の英霊に感 謝申し上げるととともに、それとセットで研修する場所を設け、会員間の交流を はかることが目的となっている。

    第1日目の4日、早朝に新大阪から新幹線で一路、東京へ。都内の交通もス ムーズで、全ての行程を予定通り進めることができた。

    最初の神田明神は自由参拝。昔から「江戸総鎮守府」として人々の崇敬を集 め、神田祭はつとに有名である。総朱漆塗の社殿はきらびやかであるが、下町の 風情がただよう境内であった。

    続いて靖國神社では遊就館をじっくりと拝観した後、正式参拝をした。昇殿は さわやかな秋空に向かって真っすぐに位置し、お祓いを受けた時には涼しげな風 も吹き、今回も御霊が私達を迎えて下さっていることを実感した。御鏡の前に跪 いて、領土領海、女性宮家創設など国難を打開することを志す我々をよき方向に 導いて下さることを祈らせて頂いたが、心が安らかになる落ち着いた気持ちと なった。  丁度、拝殿の方は18日から始まる例大祭の準備をしているところであった。

    その後、湯島天神を自由参拝。さすがに湯島聖堂の近くに位置していることあ り、菅公の御遺徳篤いところであり、合格祈願の絵馬が大変な数で吊るされてい た。ここも大阪にはない下町の風情が強く感じられるところであった。

    そして横浜市のホテルで宿泊。食事をしながら会員間の親睦を深めることがで きた。

     

    鶴岡八幡宮で
    鶴岡八幡宮で

    第2日目の5日は、朝から鶴岡八幡宮で正式参拝。お社はいうまでもなく源氏 の守り神である。急な山道を曲がるバスに身体を揺らしながら鎌倉幕府を開いた 拠点は三方が山で囲まれている要塞となっていることを知った。直接、一番高い 所に位置する上宮での参拝となったが、御祭神の応神天皇、比売神、神功皇后と 直接、向き合っている趣がある。その後、神職さんに宝物殿や樹齢千年の大銀杏 の説明をして頂いた。ほとんど根っこがない太い切り株と隣に一株の「ひこば え」が育っている姿を見るにつけ、その昔、公暁が第3代将軍の実朝を暗殺する 際に身をひそめていた現場に自分も立っているのだという実感と歴史を無言では あるが確かに見つめている生き証人の銀杏がまた生命を継いでいく力強さを感じ ることができた。

    またここは修学旅行の児童生徒が多く、人気が高いこともわかった。

    続いて記念艦「三笠」を見学。三笠艦上で東郷連合艦隊司令長官が指揮した場 所に立つと、皇国の興廃がまさに今ここにかかっている緊張感を身に迫ってき た。イデオロギーに関わらない事実のみを知らせようとする保存会の姿勢がよい。

    護衛艦「いせ」前で
    護衛艦「いせ」前で

    続いてツアーの第2の目的である海上自衛隊横須賀基地へ赴く。この横須賀地 方隊は、北は岩手、西は三重県に至る太平洋沿岸一帯を警備担当区域としてお り、南極調査船も管轄しているとのことで、守備範囲が非常に広い基地である。 基地内は護衛艦、補給艦、多目的支援艦や潜水艦など、これだけの艦船が入って くるのを間近に見るのは初めてで、実に壮観であった。聞くところでは今月14日 には海上自衛隊観艦式があり、野田首相が訓示することもあり、その準備に当た るとともに、当日もいろいろな行事が重なっていたようであったが、広報課では 多忙なスケジュールの中で我々の対応して下さったとのことであった。

    食堂で海軍カレーを取り、厚生センターで横須賀地方隊の活動の紹介について ブリーフィングを受けた後に、小さい船で港内をクルージングしてもらい、艦船 の近くまで行けたことは、まさにここの船たちが国土防衛の前線に立っているこ とを実感した次第である。

    また隣は米軍基地となっており、船で近くまで行くことが出来、ここにも日本 の艦船より一回り大きい船が留まっているのを目にすることができた。

    普段は目にしないが、こうして、海の守りを黙々と行っている隊員の姿と艦船 の威容を目の当りにすることによって、我々は守られていることを痛感するとと もに、しっかりと支えていくことが国民としての使命であると強く思った。

    その後、新横浜から夜7時に新大阪に到着したのであった。

    この時期に英霊顕彰と国の守りを体感することができたことは貴重な体験と なった。そして、このツアーを持続していくことが活動の源泉になる位、大切だ と改めて思った次第である。

     

  • ■嵐と雨の中、日本会議近畿ブロック大会に800名が結集![その2]

    ■嵐と雨の中、日本会議近畿ブロック大会に800名が結集![その2]

    熱心に拍手する参加者
    熱心に拍手する参加者

    日本会議近畿ブロック・第1回近畿ブロック大会が、日本会議大阪主管の下、一昨日9月30日(日)の午後、エル大阪・エルシアターで開催された。当日は台風が本州に上陸する恐れがあり、警報も出る中、昼前から雨が降り出し、行事が終わるまで激しい雨に見舞われたが、それでも近畿一円から800名の参加者があり、会場はほぼ埋め尽くされ、悪天候の中でも未曽有の国難を乗り越えるために立ち上がろうとする人々が集まり、場内は熱気に満ち溢れるとともに、ほぼ計画通りにプログラムを進行することができた。

    とにかく前日の29日には朝から大会は本当に開かれるのかと問合せが次々と入り、台風を恨めしくも思ったが、逆にそれだけ大会開催が近畿一円に浸透していることを実感した。

    総勢約90名の実行委員の方々には午前9時半には集まって頂き、打ち合わせ、配布資料の組みや各係に分かれて会場下見が準備をして頂き、1時からの開場には万全の体制で参加者を受け入れることができた。

    ブロック大会は近畿ブロックとしては初めてであったが、「近畿から誇りある国づくりを!」のキャッチフレーズの如く、各府県の運動の展開をさらにブロック一体となって、志を同じくする人々が集まって、対社会的もこれだけ国を憂える人々がいることをアピールすることが大きな開催目的であった。

    第1部の記念式典では、開会の辞を寺井 種伯・日本会議大阪副議長、国歌斉唱に続き、日本会議綱領唱和を木村 光伸・日本会議・滋賀理事長が、続いて主管代表挨拶を千家 敬麿・日本会議大阪議長、続いて約50名の来賓・議員を紹介した。

    そして来賓挨拶では、三好 達・日本会議会長より、領土領海などを巡り、我が国の国力の低下を指摘、国力をつけるためには国民が国家意識をもつことであるとされ、日本会議が憲法改正であることを明確にされた。

    続いて髙野 伸生・日本会議大阪地方議員懇談会会長より、地方議会は日本会議と相提携して、国の重要問題についても取り組んでいくとの決意を述べられ、長尾 敬・衆議院議員は、「尖閣を守れ」国民署名運動が海上警備強化法が成立したことに感謝しつつ、尖閣諸島沖での洋上慰霊祭に参列したことを紹介し、尖閣諸島が放置されている実態を紹介、さらに安全保障上から防衛するために国会でも努力していくことを表明、辻 淳子・大阪市議会議長は、教育問題について歴史を学ぶ副読本などの普及をしていく決意を語られ、また竹本 聡・JC近畿地区大阪ブロック協議会会長は、これだけの人々が集まっていることに敬意を表しつつ、JCも領土領海を守る為に活動していることを紹介、さらに日本会議とも連携を組んでいきたいと語られた。

    夫々の立場から、単なる挨拶ではなく、領土領海を守ること、教育を見直していくことなど、奇しくも軸を一にした言葉に決意が漲った内容で、心響く内容が多かった。

    続いて祝電披露、そして活動報告と今後の方針を衞藤 恭・日本会議大阪運営委員長が発表、皇室継承制度に関する運動、とくに女性宮家問題、尖閣・竹島の領土・領海問題、沖縄を始めとする離島の防衛に関する運動について、会員拡大について具体的課題を提起し、参加者の拍手によって、この大会の決議とすることによって、参加者全員が目前にある課題を共有することができた。

    そして聖寿万歳を加藤 隆久・日本会議兵庫県本部会長が先導、閉会の辞を田中 安比呂・日本会議・京都会長が行った。

    以上、記念式典は、それぞれの発表が実に簡にして明快で心を打った。

    そして休憩後、第2部の記念講演では「今、求められる日本人」と題して中西 輝政 京都大学名誉教授より、主に中国の脅威に対して、日本人一人一人がこの国を守っていくのだという強い国家意識を持つことが大切であることについて、熱を込めてご講演頂いた。

    先生は最初に、本日、大雨の中を出かけたものの、傘が壊れて服がびしょ濡れになって、再び、家に戻って着替えている時に、ふと、こんな悪天候をついてでも尖閣諸島を守っている海保、海自の人々を思い出し、改めて気合が入ったというエピソードを紹介され、国民が激励のバックアップをしていきたいと切り出された。

    次に東京都が尖閣諸島を購入することを表明した後、中国は様々なシグナルを発していたことや8月の香港抗議船の尖閣上陸については、香港だけの動きなのではなく、中国政府が容認していたことなど、時系列に尖閣に侵入する事件を取り上げ、尖閣購入募金の呼びかけによる多くの日本国民が寄附をした広がりは、絶対に領土を奪われないという国民の気持ちが目覚めたことに最大の危機感を持っていることを指摘され、今後、中国は1年から1年半のスパンで圧力をかけてくると予想された。

    さらに先生は、政府が国有化を決定したことにかかわらず、既に50年前から国の戦略として押し寄せる計画を着々と推進しているとして、毛沢東以来の国家としてのアイデンティティーとして、米国と肩を並べて覇を唱えようとする姿勢は全く変わっていないと指摘された。

    また中国を巡る歴史を振り返る必要があり、かつて満州事変勃発時は国際世論を味方につけることによって、我が国が国際的批判を浴びたことを例に出しながら、最近の国連での中国との領有問題についての応酬は、実質的な戦争であり、いかに国際世論を味方につけるのかの正念場であるとされた。

    次に中国は正面からでなく外から、裏側からわが国に手を突っ込む戦略を持っていて、北海道の土地買収や総領事館の土地は買収の動きは、「人の住んでいる地域からせめていく」というセオリーを踏襲しているものとされた。

    また米国では中国人がかつての米国の対日占領政策を学んでおり、日本人の内懐に入って、日本人の国家観、民族意識、心臓を変えてしまうことも長期的に考えていると話されたが、この点は、米国の占領政策が、国民と皇室、神道と切り離していく神道指令などを参考にしながら、日本人を日本人でないようにしようとするところまで考えていることに戦慄を覚えた。

    そして、わが国が領土領海を守り切ることができるかを世界が注視しているのではなく、戦前、戦後を通じて国の連続性、一貫した日本人の軸を回復できるか否かを注目しているとの指摘は、わが国が尖閣問題から、本来の日本を取り戻すことができるかどうか、非常に重いも課題であると思った。

    最後に「自分はこの国から逃げることはできず、ここで骨を鎮める」と言われ、領土領海問題から同朋意識、国家意識も国民の力を一人一人が取り戻していくことが、国を守る国民の力となると檄を飛ばされ、力の入った内容となった。記念式典での挨拶内容を詳細な歴史的背景が裏付けるものとなった。

    続いて来賓・議員、各府県本部役員を対象とした約40名の人々が第3部の懇親会に参加し、本日の大会を振り返りつつ、今後の運動について大いに語り合うひとときとなった。

    総じて、維新胎動をこの近畿から巻き起こしていく決意をしていく雰囲気となり、参加者一同、高揚した気持ちとなった大会であった。各府県だけではできないものをブロック総体で取り組んていく体制ができたのではないかと思う。

    思えば小生もこの大会にこぎ着けるまで、父親の看護、亡くなるなどの、今までない経験をしつつ、十分な準備ができるだろうかと不安であったが、本当に多くの人々に支えられて、やってきて良かったと痛感、辛抱の連続であったが、一応、一区切りつくことができて、次の目標に邁進することができると意を強くした次第である。

    なお、10月1日の産経大阪市内版で大会の様子が記されています。

  • ■嵐と雨の中、日本会議近畿ブロック大会に800名が結集!

    ■嵐と雨の中、日本会議近畿ブロック大会に800名が結集!

    三好会長の来賓挨拶

    日本会議近畿ブロック・第1回近畿ブロック大会が、日本会議大阪主管の下、
    一昨日9月30日(日)の午後、エル大阪・エルシアターで開催された。当日は台風
    が本州に上陸する恐れがあり、警報も出る中、昼前から雨が降り出し、行事が終
    わるまで激しい雨に見舞われたが、それでも近畿一円から800名の参加者があ
    り、会場はほぼ埋め尽くされ、悪天候の中でも未曽有の国難を乗り越えるために
    立ち上がろうとする人々が集まり、場内は熱気に満ち溢れるとともに、ほぼ計画
    通りにプログラムを進行することができた。

    とにかく前日の29日には朝から大会は本当に開かれるのかと問合せが次々と入
    り、台風を恨めしくも思ったが、逆にそれだけ大会開催が近畿一円に浸透してい
    ることを実感した。

    総勢約90名の実行委員の方々には午前9時半には集まって頂き、打ち合わ
    せ、配布資料の組みや各係に分かれて会場下見が準備をして頂き、1時からの開
    場には万全の体制で参加者を受け入れることができた。

    ブロック大会は近畿ブロックとしては初めてであったが、「近畿から誇りある
    国づくりを!」のキャッチフレーズの如く、各府県の運動の展開をさらにブロッ
    ク一体となって、志を同じくする人々が集まって、対社会的もこれだけ国を憂え
    る人々がいることをアピールすることが大きな開催目的であった。

    第1部の記念式典では、開会の辞を寺井 種伯 日本会議大阪副議長、国歌斉
    唱に続き、日本会議綱領唱和を木村 光伸 日本会議・滋賀理事長が、続いて主
    管代表挨拶を千家 敬麿 日本会議大阪議長、続いて約50名の来賓・議員を紹
    介した。

    そして来賓挨拶では、三好 達 日本会議会長より、領土領海などを巡り、我
    が国の国力の低下を指摘、国力をつけるためには国民が国家意識をもつことであ
    るとされ、日本会議が憲法改正であることを明確にされた。

    続いて髙野 伸男 日本会議大阪地方議員懇談会会長より、地方議会は日本会
    議と相提携して、国の重要問題についても取り組んでいくとの決意を述べられ、
    長尾 敬 衆議院議員は、「尖閣を守れ」国民署名運動が海上警備強化法が成立
    したことに感謝しつつ、尖閣諸島沖での洋上慰霊祭に参列したことを紹介し、尖
    閣諸島が放置されている実態を紹介、さらに安全保障上から防衛するために国会
    でも努力していくことを表明、辻 淳子 大阪市議会議長は、教育問題について
    歴史を学ぶ副読本などの普及をしていく決意を語られ、また竹本 聡 JC近畿地
    区大阪ブロック協議会会長は、これだけの人々が集まっていることに敬意を表し
    つつ、JCも領土領海を守る為に活動していることを紹介、さらに日本会議とも連
    携を組んでいきたいと語られた。

    夫々の立場から、単なる挨拶ではなく、領土領海を守ること、教育を見直して
    いくことなど、奇しくも軸を一にし言葉に決意が漲った内容で、心響く内容が多
    かった。

    続いて祝電披露、そして活動報告と今後の方針を衞藤 恭 日本会議大阪運営
    委員長が発表、皇室継承制度に関する運動、とくに女性宮家問題、尖閣・竹島の
    の領土・領海問題、沖縄を始めとする離島の防衛に関する運動について、会員拡
    大について具体的課題を提起し、参加者の拍手によって、この大会の決議とする
    ことによって、参加者全員が目前にある課題を共有することができた。

    そして聖寿万歳を加藤 隆久 日本会議兵庫県本部会長が先導、閉会の辞を田
    中 安比呂 日本会議・京都会長が行った。

    以上、記念式典は、それぞれの発表が実に簡にして明快で心を打った。

    そして休憩後、第2部かの記念講演では「今、求められる日本人」と題して中
    西 輝政 京都大学名誉教授より、中国問題についてその背景にあるものについ
    て、分かり易くご講演頂いた。(内容は、後日、紹介致します。)

    さらに来賓・議員、各府県本部役員を対象とした約40名の人々が第3部の懇
    親会に参加し、本日の大会を振り返りつつ、今後の運動について大いに語り合う
    ひとときとなった。

    総じて、維新胎動をこの近畿から巻き起こしていく決意をしていく雰囲気とな
    り、高揚した気持ちとなった大会であった。

    思えば小生もこの大会にこぎ着けるまで、父親の看護、亡くなるなどの、今ま
    でない経験をしつつ、十分な準備ができるだろうかと不安であったが、本当に多
    くの人々に支えられて、やってきて良かったと痛感、辛抱の連続であったが、一
    応、一区切りつくことができて、次の目標に邁進することができると意を強くし
    た次第である。

    なお、10月1日の産経大阪市内版で大会の様子が記されています。

  • ■日韓が和解できない理由を比較によって説かれた呉 善花先生

     ~中河内支部講演会に150名参加~
    
     昨日9月23日(日)の午後、第6回日本会議大阪中河内支部講演会が柏原市
    民会館リビエールホール地下1階で開催、約150名の参加者があった。小生も昼
    に護國神社で斎行された大阪府郷友会主催の英霊顕彰祭に参列した後、参加した。
    
     講師は拓殖大学教授の呉善花先生で演題は「日韓はなぜ和解し得ないのか」で
    あったが、大統領の竹島上陸や天皇陛下への謝罪発言などを受けたテーマという
    こともあり、参加者の関心も高かった。
    
     同氏は日韓両国の文化や生活形態、とくに具体的に実例に基づきながら韓国の
    人々が相手が喜ぶと思うことは、日本人の立場から考えるとけげん思われたり、
    違和感を持たれることを紹介されながら、領土領海についても基本的には感情的
    な問題になってしまい、韓国人は妥協することがないことを指摘された。
    
     もともと韓国の人々にとってみれば、日本には文化を伝えたことによって、自
    分達の方が上であると考えていること、また島の一つ二つとっても、日本は島が
    多いからいいではないかてと考えているとのことであった。
    
     また日本人であることが世界のブランドになっており、日本人はホスピタリ
    ティーをもっているだけなく、自然に宿っている神々と通じている美しい心に基
    づいた「もてなしの精神」を持っており、世界をリードする価値を持っているこ
    とに自信を持つべきであることも指摘された。
    
     その意味では竹島問題は、こちらが持っている常識では解決できず、相手の特
    質を見据えた上での戦略を持つ必要性を強調されたことは大いに勉強になった。
    
     また講演会では会員拡大の呼びかけを行われ、組織拡大の意義も踏まえられ、
    よかったと思う。