
この日は、明治3年1月27日に太政官布告で日本船の目印として定められた歴史的経緯に因み、実質的に日の丸が我が国の国旗として定まった日である。ほとんどの人々はそのことを知らないが、大阪では長い間、この日に国旗掲揚を呼びかける御堂筋パレードを神道青年会が継続して行って来て、今では本会が主催の下、神道青年会が運営主体として開催している。
寒風が吹いて冷え込みの厳しい中、集合場所の坐摩神社境内から御堂筋を南下、大きな日章旗を先頭に、参加者が持参した日章旗も掲げられ、「祝日には国旗を掲げましょう!」のアナウンスに続いて、参加者が「掲げましょう!」と元気よく声を出しながら、日の丸の小旗を振ると、その旗波が実に綺麗に映えて感動した。
通りを歩いている人々からも注目されるとともに、歩道では小旗や、スローガンを入れたティッシュも配布して、パレードの趣旨を訴えていった。元町まで約50分間行進し、4時には解散した。
昨年、大阪府議会では国旗国歌条例が制定され、府立学校や公共施設では常時掲揚が義務付けられることとなったが、一般家庭や会社などで祝日には掲げられていないこともあり、一人一人の自覚が必要となっている。その中で、祝日に国旗掲揚を進めることは大変意義あることと思う。
カテゴリー: 活動報告
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【報告】国旗掲揚を推進する御堂筋パレードに350名が参加
1月27日(金)の午後、国旗掲揚の推進をアピールする御堂筋パレードが開催され、約350名の参加者が集合場所の坐摩神社境内に集まった。御堂筋に小旗がなびく -
【報告】第12回尖閣署名活動を展開、長尾敬衆議院議員も参加
1月14日の午後3時から5時まで、難波高島屋前で第12回目の尖閣署名活動を行った。
長尾議員が訴える
当日は曇天で冷え込んだ冬枯れの天候であった。
この日は「尖閣諸島開拓の日」で、石垣市では記念式典が開催されたのに伴い、全国統一行動でもあった。スタッフは役員、頑張れ行動委員会、いつも署名活動で協力して頂いている会員や有志、また飛び入りでチラシ配布を協力して頂いた女性、学生など17名で、超党派の領土議連の事務局長を務めておられる民主党の長尾敬・衆議院議員にも途中から参加して頂き、マイクを持ってもらった。
尖閣事件から相当が経過したとはいえ、尖閣諸島海域は中国公船が領海侵犯や排他的経済水域に侵入して、益々危機が増大化していることや、全国でこれまで全国で220万に達した国民世論が政治を動かして、今回の通常国会では海上保安庁の海上警察権が強化される法案が上程される運びとなっていること、さらに法案が通るまで署名活動を続行することなどを粘り強く訴えていった。
土曜日の難波はさすがに人の通行が多かったが、結構、チラシを取って頂いたり、署名している人がいるとそこに集まってきたり、またマイクの訴えをじっくり聞いてから署名に応じる人が目立った。
公務の最中、駆けつけた長尾議員は、今回の通常国会開会とともにこの海保の海上警察権の強化の関連法案が上程される道筋など最新の国会状況を紹介され、我々とともに尽力していくことを語られ、説得力があった。
またこれまで何回も参加している署名スタッフは、若いグループに積極的に声をかけて話し込んだり、日本会議の入会チラシをチラシと一緒に配布しながら日本会議のPRをしたりして、工夫する場面も見られた。
用意したチラシ750枚は全て配布でき、当日の署名数は236名だった。署名の積み重ねが、国政に影響を与えているという訴えは、多くの人々に問題意識を喚起できた活動となった。
産経大阪総局からも取材に来られ、翌日には記事が掲載された。 -
【報告】日本会議大阪女性の会「陸上自衛隊第3師団」に千羽鶴と色紙を持参
日本会議大阪女性の会では、日本女性の会の呼びかけに応じて、この度の東日本大震災に於ける自衛隊の皆様の救援活動に対して、11月16日、感謝と激励の5千羽の折鶴と、5枚の寄せ書きの色紙を女性の会メンバー6名で、伊丹市の陸上自衛隊第3師団に持参しました。

私達のために特別に編集してくださった、地震・津波・原発の被害の状況や、自衛隊の活動等ついて、スクリーンの映像を見ながら中村広報室長より、ご説明頂きました。この第3師団からも約500名の隊員が、「入浴・給水・給食・衛生の各支援、行方不明者の捜索」の任務で派遣されたが、派遣された隊員5名(女性2名を含む)の方達と親しく懇談させて頂きました。
隊員の皆さんからは、被災から数カ月は経っているものの、いまだ厳しい生活環境の中にあり、それでも真摯な態度で触れられることや、両親を亡くしながらも「ありがとう」と明るく接してくれる子どもの姿に、自分の方が反対に元気をもらったことなど、感動的なお話しを伺いました。
千羽鶴と色紙の贈呈式が済み、中村室長は謝辞の最後を「しかし、私たちの任務は国を守ることです。」と力強い言葉で締めくくられました。
今、私たちの平和で穏やかな日々の暮らしは、自衛隊の方々が自らの命を懸けて日夜、国の安全を守って頂いているお陰であると感謝の心で一杯になった。自衛隊の方々の志を無にしないためにも、そして、自分の国は自分で守るためにも、1日も早く憲法を改正し、自衛隊を軍隊にしなければならない。こよなく愛する日本の「美しい誇りある国づくり」に向けて、自分達も為すべきことを一歩、一歩為してゆこうと誓いました。
翌日、早速お礼のお言葉と、記念の写真をメールにてお送り頂いたが、そこに添えられた大和魂ここにありの言葉をご紹介いたします。
「第3師団は、皆様の信頼に応えるべく、いつ如何なる任務にも即応できる部隊を目指し更に精進を重ねていく所存であります。」(日本会議大阪女性の会)

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【報告】天皇陛下のお誕生日をお祝いする府民の集い ~西澤和明氏記念講演~
昨年12月23日の天長節、天皇陛下には78歳のお誕生日をお迎えになられた。
本会が主催して大阪府神社庁会館において「天皇陛下のお誕生日をお祝いする府民の集い」が開催され、国会議員2名(本人1名)、地方議員7名をはじめ会員、一般府民約250名が参加した。いつもは団体動員もかけているが、今回は諸事情がありそれも望めなかったものの、10月の女性の会の教育講演会や11月の金美齢先生講演会の参加者が多く参加されたり、事前に読売新聞、産経新聞に告知記事が掲載されたこともあり、比較的、日本会議を知ってまもない方々がたくさんおられ、着実に活動の成果が数に反映されていることを実感できた。第1部の奉祝式典では国歌斉唱、千家敬麿・議長による主催者の挨拶、領土領海問題、人権侵害救済法案などで国民運動に関わっておられる長尾敬・衆議院議員、髙野伸生・地方議員懇談会会長による来賓の祝辞、多くの先生方の祝電披露、そして恒例の「天長節」の歌の唱和、衞藤恭・運営委員長の先導による聖寿万歳と続き、厳粛な雰囲気の中で次第が続いたが、アンケートをみると大変感動されたという内容が多かった。天長節に合わせて式典を開催することの重みを実感した。
続いて第2部の記念講演では「国難に立ち向かい、強い日本へ~ご皇室と尖閣・沖縄を守り、憲法改正実現の道へ~」と題して、日本会議常任理事の西澤和明講師からお話を頂いた。
同氏は、大震災に当たって被災地の人々に寄せる天皇皇后両陛下の御心を紹介されながら、国父、国母としての御存在であられること、祭祀にみる真剣なご姿勢を新嘗祭に臨まれるに当たって、徐々に長時間、正座に慣れることを課しておられる天皇陛下のお姿を紹介、また皇位継承の危機に当たって、継体天皇を見出すまでに大きな貢献をした大伴金村が住吉大社近くを根拠にして、祭祀を執行してきた歴史を紹介され、いかに大阪が皇位継承に大きな関係があったことを紹介、また女性宮家創設問題については、政府が有識者会議を設置することなく、既に議論は尽くされているものとして決定しようとしていること、それに反して明治時代は皇室典範を起草するに当たって14年間の歳月をかけてきたことを話された。
続いて尖閣・沖縄問題については同氏が尖閣事件以後、何回も石垣市を訪問し、現地の漁民や関係者と話をしてきたことに触れ、中国の戦略を知れば現地の人々も危機感を持ってもらっていること、来年は沖縄復帰40周年を迎えるに当たって、是非とも一人でも多くの方々に沖縄に行って頂きたいと結ばれた。
非常にわかりやすい内容で、参加者にとって初めて聞いた歴史事実もあり、多くの人々から好評であった。
その後、事務局として今年、広範の活動を紹介するとともに、来年2月までの行事報告をさせて頂いた。また、恒例の皇室カレンダーや昭和天皇御製カレンダーの頒布も多くの参加者が購入された。
行事終了後、講師を囲んで忘年会を開催し、大いに盛り上がった。 -
【報告】北摂支部 田母神氏講演会に350名の参加者が結集
12月3日の午後、日本会議大阪北摂支部の主催の講演会が高槻現代劇場3階のレセプションホールで開催され、約350名の参加者が集まった。府内支部の講演会では過去最高の参加者となった。開会1時間前から次々と参加者が会場に入ってきて、満杯となった。会員への案内や、各行事への徹底した案内チラシの配布などが功を奏し、一般の方々も多く参加した。
講演では講師の元航空幕僚長の田母神氏が「これでいいのか!日本の安全保障~領土領海を守るために」と題して、約1時間半に亙って熱弁を振るわれた。時折、ユーモアを入れながら安全保障、外交など多岐に亙って、ご体験に基づいた語り口にはやはり人々を魅了する説得力があった。とくに原発問題についても、詳細に数字を挙げながら、放射能の数字だけから思考停止になること自体が問題であることを語って頂き、これまでの認識を変えることができた。
印象に残ったポイントは次の通り。
・中国海軍はこれまでは脅威ではなかったが、空母を持った場合には戦略が全く変わるために脅威となる。
・我が国の武器輸出禁止の原則は弊害があり、いまだに米国からはブラックボックスが埋め込まれた戦闘機しか購入できない。
・我が国はどんどん外国人を入れる政策をとっており、外国人居住基本法などでは、密入国や不法滞在であっても5年間住むと、日本人と同じ権利かせ与えられることとなり、間接的に侵略に手を貸している。
・原発が危ないと主張しているのは反原発者である。放射能への認識も瞬間的な被爆以外はほとんど人体には影響がない。むしろ、原発の理解関係者やマスコミが脅威を先導している。
・「改革」という原理主義を唱えた結果は、国が決してよくなっていない。
・国のために亡くなられた英霊に感謝して、自分の国を自分達で守っていくことを決意していくことが必要であること。
参加者も熱心に最後まで聞いて頂いたが、支部として長年、同氏をお招きしたいという夢が実現できたことはよかった。
講演会後、別の会場に移動、支部役員が集まって年末懇親会を引き続いて行われ、懇親を深めることができた。 -
【報告】エルおおさか金美鈴氏講演会 850名が参加
去る11月23日午後、大阪市内のエルおおさかでの金美齢先生をお招きしての日本会議大阪時局講演会を開催、850名の参加者が参加、ホール内は立錐の余地がなく、3階には立見席ができる程、盛況であった。
当初、チケットが前売券でも2000円に設定したこともあり、参加動員がもう一歩伸びず、終盤には招待券を出したり、会員一人一人に電話連絡もしたが、次第にチケット販売の協力者が出て、事前には900名の動員予定数も読め、確実に講演会開催の雰囲気が出て来てきたことはよかった。
講演会では、国歌斉唱、千家議長の主催者の挨拶、事務局より国民運動の紹介と入会の案内をした後、早速、講師の金美齢先生が「凛とした日本人へ~今こそ国難を乗り越える力を呼び覚まそう~」と題して80分間講演して頂いた。絶妙な語り口ときっぱりと情況を規定づける切れ味の関心の高さを実感した。先生は、一人ひとりが国難をしっかりと見つめ克服すること、国に対して生活保護のような形でせびるのではなく自助努力をすること、芯はぶれることなく様々なことに接することによって広く物事を捉えるライフスタイルが必要であること、その場でおかしいと思ったことは発言すること、国に対して小さいことであっても、やるべきことをやり続ける姿勢をもつことが大切であることなど、日本人としての心構えや覚悟をご自分の体験を通じて、わかりやすくお話し頂いた。
厳しい口調もあったが、日本と日本人への愛情に裏打ちされたものであることを感じることができ、何か警鐘乱打された思いになった。
本会への入会も正会員に2名、女性会員に4名の入会があった。
2ヵ月以上に亙った時局講演会準備であったが、多くの人々の協力を得て、850名の参加に結びつけたことは大きな自信となったが、初めて日本会議の行事に来られた参加者も多いと思うので、今後、ご入会へのご案内をしたい。 -
【報告】日本会議大阪女性の会10周年―義家弘介参議院議員が記念講演
10月29日、日本会議大阪女性の会10周年記念教育講演会が開催されました。会場は、500名の参加者で熱気溢るる会となりました。

第一部の10周年の記念式典では、この度新たにご就任頂き、最初のお披露目の場となった村上千永子新会長にご挨拶を頂き、会長を引き受けられた思いをお話頂きました。「発会から10年経て、一層子供達を巡る環境は厳しいが、国お興し家興しの運動に邁進してゆきましょう」と語られました。来賓として、日本会議大阪衞藤恭運営委員長と日本女性の会の小野田町枝会長からのご挨拶を頂きました。
第二部の記念講演では、義家弘介参議院議員に、「熱血ヤンキー先生、教育を語る」と題してお話頂きました。

義家先生は、「『この国はもうダメだ』と、嘆きの声の9分9厘が男性の声。女性達は絶対そうは言わない。守らなければならない、その為に何が出来るだろうと言う。女性たちの声こそ真の声であり、女性達のブレない信念に学ばなければならない」と語られました。
また「いつの時代にも母性は存在する。命をかけてわが子を産み、あらゆるエネルギーを費やして、わが子と向き合う。この母性は、これからも存在し続けるであろう。喪失されたものは、父権であり、取り戻さなければならない」と言われ、ご自身が0歳のときご両親が離婚され、母親の記憶が全くないが母親に対する憧れが常にあることや、その反動で父権的なものに反発してきた体験、子供が産まれる時に、父親になるべく立会い出産を決意したことなど体験を語って頂きました。
先生の熱意溢れるお話に皆引き込まれ、時折、ドッと笑う場面もあり大変意義深い時間を過ごさせて頂きました。
第三部は、「邦楽ユニット玉梓」による尺八とお筝の演奏、「童歌メドレー」の最後の「ふるさと」では大合唱となり盛会に終わる事が出来ました。
※一色正春さんからもメッセージを頂きました。
「十周年おめでとうこざいます。今や日本の男は、私を含めて、だらしなく頼れません。この日本の再生を託せるのは、皆様のような大和撫子だけです。皆様のご活躍に今後の日本の将来がかっているのです。これからのご活躍を陰ながら応援しております。 一色正春」 -
【報告】総会に250名参加 ~田代 秀敏先生が記念講演~
6月4日(土)の午後、日本会議大阪 平成23年度総会を大阪府神社庁会館で開催、2名の国会議員が集まり、場内は一杯と成り、熱気溢れる総会となった。
第一部の総会では国歌斉唱に続いて、東日本大震災での被災者への黙祷、そして3月16日に発せられた天皇陛下のお励ましのビデオメッセージを放映、陛下の御心に心からの感謝と復興の決意を改めて思い出し、厳粛な気持ちとなった。続いて千家議長の主催者からの挨拶、多くのご来賓を代表して北川 イッセイ・参議院議員からのご挨拶を頂き、衛藤運営委員長の議事進行で、昨年の事業報告、決算・会計監査報告及び今年度の事業計画、予算案の提示を事務局から行い、無事承認された。
とくに「尖閣を守れ!」全国署名活動の続行と紹介議員就任の働きかけ、中学校教科書採択に伴う採択制度の改善事項の請願提出や展示会での意見書き込み、英霊慰霊顕彰新聞広告掲載に伴う、首長・地方議員への護國神社参拝への働きかけ、”一人がひとりを!をキャッチフレーズにした会員拡大への呼びかけなどの事業計画について参加者と確認できたことはよかった。
第2部の日本の歌の歌唱の時間は、ソプラノ歌手の大峰かず子さん、ピアニストのリヒャルト・フランクさんによる演奏で日本の唱歌を参加者全員で唱和したりして、和やかな雰囲気となった。
第3部では、ビジネス・ブレークスルー大学教授の田代秀敏先生が「地震、津波、原発事故、そして中国台頭―1000年に1度の危機を乗り越えるには」と題して、約80分間、お話を頂いたが、豊富なデーターを駆使し、中国の経済動向からの驚異や、歴史を捏造し、国防動員法の制定は既に、「その時」を想定した上での環境づくりであるという点など、それに匹敵する位の戦略が必要であることなど、大いに啓発させられた。
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【報告】「稲村の火」を学んだ泉州支部 第4回『宮子塾』
5月28日(土)、第4回『宮子塾』は堺市内の多冶速比売神社で開催された。今回は、地元の子供達から大人もまじえた和太鼓グループ『拓(ひらく)』の勇壮な合奏から始まり、続いての日本の偉人伝は、今年、東北に大地震と大津波の大災害があったことから、昔、紀伊の国に津波があったとき、大勢の村人を救助した濱口梧陵(ごりょう)のお話を子供たちにした。講師の杉本先生は、3月から何度も東北の被災地に行き、ボランティア活動をしながら、日本人の忍耐強さを子供達に話された。
(泉州支部事務局次長 以倉考憲)
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【報告】大震災の救助活動の任に当たった消防指令が講演
5月21日(土)の午後、北摂支部の平成23年度総会が茨木市クリエイトセンターで開催され、支部内の役員、会員役30名(うち、地方議員が4名参加)が参加した。
総会に続いて講演では「東日本大震災救助活動報告」と題して、震災直後、消防庁の指示を受け、第一次緊急消防救助隊として隊を指揮した茨木市消防署・警防課長代理・消防指令の寺西 成希氏が、スライドを道いて報告を行った。
この隊は岩手県の大槌町での救助に向った隊であるが、震災直後に消防庁指示の下、最初は目的地が不明のまま東名・新東名高速を一走り、3月13日の午前3時半に結集地である岩手県遠野市運動公園まで、実に1120km31時間かけて到着、被災地での救出検索活動に従事したということであるが、辺りが想像を絶する瓦礫の山であること、民家にまで屋根が入ってきている過酷な状況、衣服関係のお店などは泥に埋まったマネキン人形が多く、ご遺体なのか判別するのが大変であったことなど、報道だけではわからない捜索活動がよくわかった。
また地元の人々から作業服に「OSAKA」の文字が入っているのを見て、「大阪からよく救助に来て下さった。頑張って下さい」と言葉をかけられ、かえってこちらが励まされたという下りには、思わず声が詰まっておられた。結局、第一次隊では死者24名、生存者が1名となり、15日夕方に第二次救助隊にバトンタッチしたとのことであった。
ここにもギリギリのところまで尽力して救助活動をされた尊い人々の生き方を垣間見た思いがした。このような企画の講演会も意義深いものと思った。