カテゴリー: 活動報告

  • ■議員懇談会執行部会を開催

    議員懇談会執行部会
    議員懇談会執行部会
     昨日2月6日(木)の夕方、大阪市役所内で日本会議大阪・神政連大阪の地方議員懇談会の平成26年度第1回執行部会が開催、役員の議員5名、日本会議と神政連の役員・事務局6名が参加した。

     折から大阪市は橋下市長の出直し選騒動があって慌ただしい中であったが、役員の議員の方には極力、時間を割いて頂いているのは感謝申し上げる。

     会議では事務局より憲法改正の国民投票実現に向けた運動方針、4月12日(土)に開催される合同総会の要項の確認、懇談会の役員の補充人選について提案を行い、活発な意見交換を行った。

     運動方針については、まずは各会派に持ち帰って検討して頂くとともに憲法改正の論点についての勉強会を開催していくこと、議会によって状況が違うこともあり、しっかりと準備していくこと、決議を挙げ得る議会については事務局から働きかけていくことが確認された。

     また合同総会になるべく多くの議員を動員すること、懇談会の役員構成をなるべく府内全域から出すことなどを確認した。

     この執行部会から憲法改正に向けた議員への働きかけがスタートしたが、本日の会議を受けて具体的な計画を立案し、実行に移していくことを決意した。
     

  • ■300名で国旗掲揚を推進する御堂筋パレードを開催

     昨日1月27日(月)は、本来の国旗制定記念日、日本会議大阪では神道青年会メンバーとともに 毎年、曜日に関係なくこの日に祝祭日に国旗掲揚を推進を呼びかける御堂筋パレードを開催しており、本日も例年通り開催した。本会にとっても神道青年会メンバーと提携して行事を開催する貴重な場となっている。今回はとくに大阪市支部役員メンバーにお手伝いを頂いた。

     冷え込みはあるが幸いに快晴であり、絶好のパレード日和となった。集合時間前に参加された方は、神社庁会館5階において昨年6月に行われた天皇皇后両陛下大阪行幸啓の奉迎の記録ビデオを見て頂いた。2時45分のセレモニーには約300名が境内に集合した。昨年より少し参加者は減ったが、こちらの呼びかけの努力が不足したことが影響したかもしれない。

     衞藤運営委員長からの挨拶、諸注意、アナウンスの「祝祭日には国旗をあげましょう!」の先導に合わせて「あげましょう!」を連呼して雰囲気を盛り上げ、国歌斉唱、続いて森山・神道青年会会長が先導して坐摩神社に拝礼してから、いよいよ境内を出発した。

    国旗掲揚パレードの風景1
    国旗掲揚パレードの風景1

     本町から難波の元町に向って御堂筋をアナウンスのかけ声に合わせて「あげましょう!」を連呼しながら、日の丸の小旗を打ち振りながら約45分間、行進した。やはり日の丸の旗並みが、参加者の晴れやかな表情と合わさって一斉に上がるところは本当に美しいと思った。

     神道青年会のメンバーに全面的に運営、統制に携わって頂き、日本会議のメンバーは沿道で小旗とティシュを手渡したのだが、行き交う人々、とくに若い人々に「今日は国旗制定記念日です。是非、記念に受け取って下さい。」と言いながら手渡すと、皆、嬉しそうに受け取ってくれた。中には今日がどういう日であるのかも知っている年配の方もいた。極めて自然に受け取ってもらえる雰囲気は、五輪やW杯で国旗がつきものというイメージで受け取られているのではないかと実感した。

    国旗掲揚パレードの風景2
    国旗掲揚パレードの風景2

     また小さいお子さんに国旗を渡すとお母さんが思わず笑みを見せてくれる場面も何回もあり、喜びを共有することができた。またティシュで呼びかけることは結構、受け入れてくれることを再認識できた。

     これからも色々な行事と合わせて、国旗のパレードを行う必要があることを痛感した。

     パレード後は神道青年会メンバーと懇親を深めることができたことも意義深かった。

  • ■「天皇陛下のお誕生日をお祝いする府民の集い」に300名が参加

    ~皇室ジャーナリストの高清水有子氏が講演~

    一昨日12月23日(祝・月)の午後、日本会議大阪では「天皇陛下のお誕生日をお祝いする府民の集い」が大阪府神社庁会館で開催し、5名の地元選出国会議員(本人出席3名)、地方議員8名をはじめ300名の参加者が参加、会場が満杯となり、天皇陛下の80歳のお誕生日を心からお祝いした。会員への案内、また産経、読売でも事前に告知するなどしたこともあり、事前に問合せの連絡も入った。

    第1部の奉祝式典では、国歌斉唱、千家議長の主催者の挨拶、来賓の紹介後、中山泰秀・衆議院議員、三宅博・衆議院議員、髙野伸生・地方議員懇談会会長からの挨拶、祝電披露に続いて、「天長節」の歌を声高らかに唱和し、会場には一気に奉祝の雰囲気が生まれた。最後に衞藤・運営委員長の先導で聖寿万歳が行い、厳粛なうちに式典がを終了した。

    講演される高清水先生
    講演される高清水先生

    第2部では皇室ジャーナリストの高清水有子氏が「式年遷宮と皇室の祈り~天皇陛下のお言葉に込められた思い」と題して講演された。先生は今年が神宮の式年遷宮と出雲大社の御遷宮が同時に斎行された日本の歴史の上でも節目となったことからお話を始められた。

    分かりやすくお話される高清水先生
    分かりやすくお話される高清水先生

    そしてご自分が秋篠宮殿下のご成婚の取材から皇室報道に関わるようになったこと、天皇陛下のお側近くで取材をさせて頂く中で、心温まるエピソードを紹介されたり、東日本大震災の折の天皇陛下のメッセージをDVDを上映しながら、両陛下の国民を思われる祈りと願いが大変深いものであることをお話された。

    会場一杯の参加者
    会場一杯の参加者

    また日本語を大切にすることが日本の伝統を守ることになること、マスコミが皇室報道の際に、正しい用語を使用しなかったり、ご訪問すら記事にしないことの問題点についても指摘された。そして皇室に無関心にならないよう、周りの人々に話していくことが大切であることを強調された。

    気品があって優しい口調のお話は大変好評であった。

    続いて第3部では6月24、25日に行幸啓遊ばされた天皇皇后両陛下の奉迎の記録ビデオを上映したが、提灯奉迎の際の両陛下の御答礼の様子には参加者が拍手が出るほどの感動が起こった。

    事務局から今後の行事予定を案内し、集いは改めてこの国柄の素晴らしさを参加者一人一人が思いかえすに相応しい内容となった。

    当日の様子は24日の大阪日々新聞でも掲載された。

     

    ●300人参加、傘寿喜ぶ 天皇誕生日で「府民の集い」
    [大阪日々新聞 2013年12月24日抜粋]

    会場一杯となった映画上映会
    会場一杯となった映画上映会

    天皇誕生日の23日、大阪市中央区の大阪府神社庁会館で天皇陛下の80歳の誕生日を祝う府民の集い(日本会議大阪主催)が開かれた。約300人が集まり、傘寿の節目を喜んだ。

    式典では、国歌斉唱に続いて国会議員らが祝辞を述べると、天皇陛下の誕生日を祝う天長節を参加者全員で斉唱。万歳をしてさらなる健康と長寿を願った。

    また、講演会や記録ビデオで天皇陛下に関する逸話をはじめ皇室の伝統を回顧。
    皇室取材を続けるジャーナリスト、高清水有子さんが登壇し、東日本大震災の時の活動など、天皇陛下の心遣いや思いやりが伝わる数々の話を紹介した。

    一方で皇室の日々の取り組みについて「多くの国民は知らない」と指摘。無関心な態度が一部で見られる点を問題視し、「国や世界の幸せをお祈りしていることを、親から子へとしっかり伝えていかなければならない」と力を込めた。

  • ■日本会議地方議員連盟近畿ブロック(準)が京都で開催

     昨日21日の午前中、京都国際ホテルにおいて、日本会議地方議員連盟近畿ブロック(準)の第2回会議が開催され、近畿の地方議員17名が集まった。小生も事務局として参加させて頂いた。

    第2回地方議員連盟近畿ブロック会議
    第2回地方議員連盟近畿ブロック会議
     年末の超過密スケジュールの中で、近畿一円からこれだけのメンバーが集まって下さることに感謝するとともに、いかに地方議会から国政にコミットしていくのか、その熱意が伝わってきた思いがした。

     議事については、沖縄基地統合縮小に関する情報交換、憲法改正に向けての地方議会からどのように働きかけをしていくのかの2点であるが、方針については現段位では詳細に公表できないが、年明けからの議員のメンバーの動きを見ながら触れていくこととなる。

     全労連などは既に国会での憲法改正の発議を前提にして国民投票という決戦を念頭に「憲法改悪に反対し、第9条を守り、平和のために生かすことを求める請願署名」を展開することとなっており、こちらも憲法改正に向けた戦略を緻密に立て、着実に実行に移していくことが迫られている。

     本気の地方議員の先生方とのタイアップを積極的にしていくことを誓った次第である。

  • ■今も国を支えた英霊が眠り続ける真田山陸軍墓地~大阪市支部で役員研修会

     昨日12月16日(月)の午後、日本会議大阪大阪市支部の役員15名で英霊顕彰事業の一貫として天王寺区にある旧真田山陸軍墓地を訪れ、役員研修会を行った。この陸軍墓地は明治4年に設けられたもので、約4600坪の広大な土地に西南戦争以後の戦没者や戦病者、また軍役夫(銃後を支えるために徴収された人々)のお墓が約5300基と大東亜戦争で亡くなられた兵士のご遺骨8200余柱を収める納骨堂がある。
     
     最近になって、産経をはじめとするマスコミによって、ようやく陸軍墓地の存在が広く知られてきたが、敗戦後、国が陸軍墓地の管理を放置し、財務省に委譲、大阪市に無償貸与されていて、維持管理のための資金的バックアップがほんどないこともあり、まだまだ知られていない。ここの墓地は全国で80余りを数える陸軍墓地の中で、最初にして最大の墓地であるにもかかわらずだ。

     日本会議大阪市支部では英霊顕彰事業の一貫として、役員間で研修を積もうと決定し、この日の研修となった。

    集会場で説明される吉岡氏
    集会場で説明される吉岡氏

     最初に集会場で、真田山陸軍墓地維持会の常務理事の吉岡さんから何故、ここに陸軍墓地があるのか、どの方のご遺骨が眠っているのか、そして現在の墓地の管理状況について、わかりやすい説明があった。明治維新期の陸軍の創設、当時の世界列強の植民地政策の中、わが国も独立するためにはどうしても戦わざる得ない状況があり、大阪にも広大な砲兵工廠が建てられていき、その結果、必然的に国を挙げて亡くなられた兵士をまつる為に墓地を作ったお話はよくわかった。

     吉岡さんは、この墓地の近くに自宅があり、生業のかたわら、文字通り語り部、墓守として、ほとんどボランティアで、請われれば墓地の歴史を紹介し、夥しいほどのお墓に眠っておられる英霊の人生を語り、また納骨堂の扉などが損傷した場合には、自費でペイントなどをしておられるという。76歳ということであるが、本当に頭が下がる思いだ。

    西南戦争戦病死者墓碑の前で説明される吉岡氏
    西南戦争戦病死者墓碑の前で説明される吉岡氏
     その後、野外に出て、広大な墓地の説明をして下さった。これだけのお墓が立ち並んでいると、墓標と言った方が正しい。明治維新以後ということもあり、長い間の風雪によって、日露戦役までのお墓の中には、すでに頭の部分がとれていたり、石そのものが磨滅してしまって仏様の氏名がわからなくなっているものも多い。

     また野外での説明は冷え込んでいて、肌寒いのに吉岡さんは次々と熱心に説明して下さった。

    お墓が向かい合って並んでいる
    お墓が向かい合って並んでいる
     印象に残ったことは、西南戦争時に官軍として西南戦争を戦った屯田兵の人々が帰る時に病気で亡くなった人々のお墓が沢山あったこと、村を挙げて村人が墓どうし、向き合って、階級に関係なく死してなお、一緒にいて安らぎを与える構えにしている部分があるとか、日露戦争や満州事変以後、お墓のスペースが狭くなることによって、大きな合葬墓をつくってきたという歴史、「生兵」といって徴兵後、訓練兵でまだ人達のお墓があること、そして大東亜戦争以後は階級が上の者は、遺族の方々が私財を出してつくったために、お墓の規模が違っていること、また第1次世界大戦の時に俘虜となった外国人のお墓もあること、そして日清戦争における軍役夫のお墓が大変多いことなどであった。

     また屋根が波打っているにもかかわらず、かろうじて建っている納骨堂の中も特別に見せてもらった。一つ一つにお名前と住所が記されている骨壺が屋根を支えている柱の中にきれいに置かれている様子には驚いたが、この方々によって今自分達の生があることを改めて実感した。当時は、2日間で、受け取り手のないご遺骨はここに納骨されたということであるが、ご遺族の方々には祖父、父のご遺骨がここにあることを知らない人も多いのだという。

    納骨堂におさめられている兵士の骨壺
    納骨堂におさめられている兵士の骨壺
     また骨壺の中はご遺骨ではなく、遺髪や生前のお手紙も入っているという。整然として並べられた骨壺を見て、自分達は英霊の方々の思いに応えているのかどうか自問自答せざるを得ず、しばらく言葉を失った。

     国が英霊にこたえていない、陸軍墓地の維持を手厚くほどこしていない、この現状こそ、わが国の精神状況そのものであると感じ、英霊の方々に申し訳ないと痛感した。

     大変、重い研修となったが、役員一同、これにどうしたらよいのか考えめぐらす貴重なひとときとなった。

  • ■日本会議和歌山が設立10周年・日本会議和歌山女性の会が設立5周年を迎える

     昨日12月8日(日)は日本会議和歌山設立10周年・日本会議和歌山女性の会設立5周年記念大会がホテルグランディア和歌山であり、大阪からも運営委員長、事務局長、女性の会役員2名、そして小生が参加した。参加者は約500名で会場が一杯となり、なかなか盛り上がった会となり、和歌山の組織の節目と新たなスタートを祝った。

     なんといっても第1部の記念公演として和歌山市交響楽団と和歌山市響合唱団による皇紀2600年奉祝曲「海道東征」は、詩人、北原白秋の作詞に曲をつけたもので、神武東征と御即位された物語を壮大に奏でたもので、長い間、角・日本会議和歌山会長がこの楽譜を広く発表したいと念願されてきたもので、栄えある今日に披露されたものだそうだ。大会が始まるに当たって、場内が浄められた雰囲気となった。
     
     第2部の式典も角会長の挨拶の中で、本部の活動方針を和歌山の活動方針にする決意とこれから憲法改正の運動に入るに当たって、県内の民間団体である憲法研究会と相提携して活動していく旨のご挨拶があった。
     

    三好会長による講演
    三好会長による講演
     第3部の講演では、三好・日本会議会長が「日本の覚悟」と題して、誇りある国であるとの自覚と祖国興隆の気概が失われた今日、知育、徳育、体育の教育と防衛力、産業経済力、外交力、内政力といった国力を充実させ、憲法改正をしていくことであると日本会議の方向性を明確に示して頂いた内容であった。

     続いて第4部の祝宴では和歌山の役員、参加者との交流を持つことができて意義があった。

     今後、日本会議和歌山の皆さんとはいろいろな所で協力し合う場面も多くなってくることが予想されるが、相互に刺激し合うことは運動の前進にもつながるものと確信している。

  • ■マスコミで報じない本当の沖縄の姿 ~北摂支部講演会 我那覇真子さんが講演

     昨日12月7日(土)午後、日本会議大阪 北摂支部講演会が豊中商工会議所・大会議室で開催され、約100名の参加者があり、ほぼ会場が埋め尽くされる盛況ぶりであった。講師が沖縄から来られたということあり、結構、新しい参加者もあった。

    我那覇真子氏による講演
    我那覇真子氏による講演
     講師の我那覇真子さん(英語塾講師・『新聞やんばるプレス』代表・編集長)が、「誰も知らない沖縄の真実」と題して、地元マスコミでは報道されることのない沖縄県民の本音をレポートしてくれた。我那覇さんは24歳であるにもかかわらず、メリハリがきき、はっきりとした話し方で自分の考え を述べ、若い世代から沖縄を守っていくことが日本を守っていくことになるという、強い信念を感じた。

     まず基地の過重負担についてはマスコミにより、在日米軍基地に対する在沖基地の占有率が専用施設だけでカウントすることによる、沖縄が基地で犠牲になっているという数字的詐術があって県民が洗脳されていること、日常的には米軍と県民とは接する機会があまりないので、県民にとっては基地の存在をあまり意識していないことが紹介された。

     またかつて沖縄の政治家は保守であっても基地に反対して国政に進出していった例があり、それ以後、基地存続はいえなくなり、新聞左派を抑制する勢力がなくなったこと、基地反対派は普天間飛行場の危険性の解決としては移転を言わず、子供達を平和運動の人質にとっているなどを指摘、基地反対勢力が中国や北朝鮮と連携した「東アジアコミンテルン」といって過言でないとした。

     さらに歴史観についても、明治政府の琉球処分は、それまで沖縄の人々を虐げてきた琉球王国から土地を解放することによって、農民を守った政策であり、沖縄戦について県民は6月23日の牛島中将の自決以後も8月15日まで戦い続け、日本を守ろうとされたことなど、沖縄と本土は一体の歴史があったことを強調された。

     最後に名護市長選については、単なる市長選ではなく、沖縄と日本の安全保障にとって大事な選挙であり、本当に普天間基地の辺野古への移転を実現できる方への支援も訴えられた。
     日本人としての精神を決して崩壊していない沖縄を守っていくことが、日本に守っていくことになると確信し、これからも訴え続けていきたいと結んだ。

     
    その後の質疑応答でも積極的な意見が出、沖縄の現状がよくわかり、引き続いて常に問題意識を持っていく大切さを痛感した。

     
     行事終了後、近くの居酒屋で我那覇さんを囲んで、支部としての忘年会を兼ねた懇親会を行い、大いに盛り上がった。

  • ■憲法改正の大義を学んだ三島・森田両烈士追悼43周年慰霊祭

     昨23日(祝・土)の午後、日本協議会大阪府本部を中心とする慰霊祭実行委員会が主催して三島・森田両烈士追悼43周年慰霊祭が、大阪護國神社儀式殿の高砂の間で斎行され、26名の参列者があった。小生も参列した。会員の他、近畿偕行会の田川会長や、日本会議支部の役員のメンバーも参列されたことは大変嬉しいものがあった。

     例年、この慰霊祭の時には底冷えをし、冬の到来を感じるものであるが、天気がよく陽気が穏やかであったことが印象的であった。

     この日は、秋の行楽日和ということもあり、色々な行事も諸団体が組まれているが、三島義挙に憲法改正運動の志を人生の核に据えたことを考えると、この日に同志が参加し、居合わせることの意義は改めて重いものであることを実感した。府内では三島・森田両烈士のお祭りはここでしか行っておらず、三島精神を継承していく世代的責任の重さも感じた。

    実行委員長による誓詞奏上
    実行委員長による誓詞奏上

     第1部では慰霊祭では、護國神社の神職さんによって斎行して頂き、市ヶ谷での最期の絶叫のテープ拝聴、「檄」文奉読、辞世奉唱、実行委員長による誓詞奏上、献歌奏上に続き、全員で玉串を奉奠し、心から両烈士の御霊にこの1年間に活動の奉告をするとともに、いよいよ憲法改正実現に向けた具体的な運動を展開をしていくことを、ひたすら心を込め、お誓い申し上げることができた。

     第2部の講演では、別府正智・日本青年協議会事務局長(日本協議会の青年組織)から「三島由紀夫先生に学ぶ―憲法改正の実現に向けて」と題してお話があった。

    別府正智 氏による講演
    別府正智 氏による講演

     最初に国会情勢の変化により、憲法改正派生が衆参両院で3分の2を占めるようになったが、左派勢力も国民投票の段階で有効投票の過半数を獲得する戦略を持っているなど、改正の道筋は平坦でないこととを肝に銘じるべきとした。

     そして、領土領海や中韓国の軍事的恫喝や拉致問題など外的に要因でなく、三島先生が訴えられた改憲の道義的意義こそ問わなければならず、憲法の空文化が進めば進むほど精神的な退廃が続くこと、変革の原理こそ「歴史・伝統・文化の時間的連続性に準拠し、国民の永い生活経験と文化経験の集積の上に成立する」国体であり、疑いもなく皇室に求めることであることを確認していった。改めて憲法改正を国民一人一人の身に引きつけて考え、どうしても改正していくのだという内発性について深く考えることができた内容となった。

     続いての第3部の直会では、両烈士のご遺影の前で、参加者の自己紹介をしながら、三島先生との関わりや思いを披瀝しつつ、今後の活動への誓いを述べ合う時間をもつことができた。

  • ■女性の会の映画上映会「凛として愛」に280名が参加

     昨日11月16日(土)午後、大阪府神社庁会館5階において、日本会議大阪女性の会が主催して、映画「凛として愛~なぜ日本を戦わなければいけなかったのか」上映会が開催され、約280名の参加者で会場一杯に埋まった。しかも、このような話題でありながら3分の2が女性であることも驚かされた。

     これだけの人数になったのは、女性の会のメンバーが、関係団体に徹底して案内チラシを配布するなどお声がけをした賜物であるが、毎日のように神社庁の方にも参加申し込みがFAXで届き、しかも結構、初めての参加希望の方も多く、改めて大東亜戦争に対する関心、英霊に対する関心が高いことを改めて実感した。

    会場一杯となった映画上映会
    会場一杯となった映画上映会

     この映画は、靖國神社創立130年記念事業の一環として制作されたもので、明治維新以降、大東亜戦争に至るまで、わが国が何故、戦わざるを得なかったのかをわが国の立場から描いたもので、とりわけて後半部分では生き残った兵士、戦友の方々や看護婦、銃後の守りについたご婦人の方々の声が次々と紹介されているが、ここにこそ当時の国民の慟哭が詰まっていて、涙なしには見れないものであった。近現代史を通じて、わが国の歩んでいた苦難の歴史をここまで公平に描いている映画はないのではないかと思う。

     参加者も釘づけで、終始、熱心に拝観して頂いた。

    講演をされる笠井氏
    講演をされる笠井氏

     続いて、元零戦パイロットの笠井智一氏から「平和について考える」と題して約30分間の講演があった。87歳というが、まだ背筋がピーンとしており、声も大きく矍鑠とされていて、歴戦をくぐってきた人というのは、精神が強靭であると思った。同氏は、話題の書「永遠の0」の中にも笠井中尉として出てくるが、予科練時代から零戦パイロットとしての思い出を語られ、とにかく戦死した者の思いを継ぐために真実を語っていくことが自分に課せられた役割であることの言葉には凄味があり、重いものだと思った。この方は、片時も戦友のことを忘れておらず、戦いは昨日にあったことのように思っているのだと思った。

     当日は、復興支援の手作りグッズの販売も行われた。

     女性の会は家族の絆を大切にすることを啓発していくことが大きな運動テーマであるが、英霊顕彰の視点から父祖を大切にしていくことも家族のつながりに直結しており、その意味で今回の講演会開催の試みは大きな意義があったように思う。

  • ■憲法改正運動のスタートを切る日本会議全国代表者大会に参加

     昨日13日に、東京・憲政記念館で開催された「憲法改正の実現へ!日本会議全
    国代表者大会」に日本会議大阪の役員の方7名の方と一緒に参加して来た。大会
    には国会議員、各都道府県本部役員、全国230支部の代表、地方議員、女性の
    会、経済人同志会の代表700名を超える参加者があり、メイン会場の講堂の他、
    第2会場を設置する程の盛況ぶりであった。

     第1部では民間憲法臨調代表の櫻井よしこ先生から「憲法改正を如何に進める
    のか」と題して基調提言があったが、米国の国力が落ち、アジアでは南シナ海が
    の空白が現出したが、同様なことが東シナ海でも起こる可能性が高くなり、日本
    は自分達の意志で領土領海を守るために憲法改正を一刻も早く実現しなければな
    らないとのお話があった。

     続いて各政党代表から、自民党の高市早苗・政調会長、日本維新の会の平沼赳
    夫・国会議員団代表、民主党の松原仁・国対委員長、みんなの党の浅尾慶一郎・
    幹事長から憲法改正に向けた取り組みの現状について挨拶があった。その後、櫻
    井氏から質問と各党代表の回答があったが、いろいろな視点が出て、内容的には
    濃淡があったものの、憲法改正の方向性については共通しているのではないかと
    思った。

     第2部の運動構想については詳細はここで紹介することはできないものの、憲
    法改正の必要性を国民に訴える一大啓発運動を開始し、憲法を国民の手に取り戻
    すために憲法改正の国民投票の実現を要請していくことが提起されていった。

     とにかく改正に向けた時間が限られている中で、いよいよ国民運動の本丸に全
    面的に取りかかろうとする歴史的な大会の場に居合わせたことの意味は大きかった。