カテゴリー: 活動報告

  • ■第22回桃山御陵参拝団に180名が参加

     ~明治の国民精神を偲ぶ中、憲法改正の世論の盛り上げに~

     昨11月3日の午前中、第22回桃山御陵参拝団があり、小生も御陵参道西入口に集まった。何回も繰り返すが、この日は本来、明治節で、明治天皇のお誕生日に当たり、国民の請願運動の盛り上がりによって昭和2年3月に祝日として制定された歴史ある日である。また、現行憲法公布の日でもあり、憲法改正の機運を高めていく決意の日でもある。「明治の日」推進協議会が国民運動として、この日を「明治の日」として制定していく署名活動もその一環の作業でもある。
    この日に当たっての参拝活動は、平成4年より続けられている。

    御陵前への更新
    御陵前への更新

     当日は朝から曇り空で、少し肌寒かったが、やはり桃山御陵は明治天皇、昭憲皇太后が鎮まられている聖地があると思うと、自然に安らぎを覚えるから不思議である。

     約180名の参加者が2列となって、参拝団旗、日章旗、明治会旗を先頭に行進していくのだが、玉砂利をしっかりと踏みしめながら、御陵前に進むこの時間は遥か明治の御代を偲ぶ貴重な時間でもあった。
     
     明治天皇御陵では、国歌斉唱、明治天皇御製を奉唱、参拝団代表から明治天皇へ、これからの決意を表す表白文を奏上、最敬礼後、明治節の歌を斉唱したが、改めて明治の国民精神の気高さを感じとることができた。

    明治天皇御陵前での式典
    明治天皇御陵前での式典

     続いて、昭憲皇太后御陵へ向かう途中で小雨が降り始め、傘を指す参加者が多くなったのだが、御陵で参拝式をする前になって小雨が止みも、国歌斉唱、昭憲皇太后御歌を奉唱、最敬礼と無事に式を終了することができた。本当に守られているなと体感できた。

     その後、石段の下へ移動、記念集合写真を撮影後、記念講話として中島 剛・創造文化研究所所長から「明治陛下と教育勅語の心」と題して、お話があり、とくに全員で教育勅語を音読し、その素晴らしさを全身で味わったことは印象に残った。

     当日は初めて参加する若い人もいて、少しずつこの行事の意義が広がっている感を強くした。

  • ■再び、野田市長への激励をお願い致します!

     慰安婦像の設置を巡り、東大阪市からの二回の抗議に対して、ようやく米国グ
    レンデール市長から「遺憾」の意を表した手紙が届いたと思ったら、今のとこ
    ろ、問題のHPの記載内容については修正されていないという。同市は31日にも修
    正を求める文書を再び送付するとのことであるが、当然のことである。
     皆さん、野田・東大阪市長への再度の激励をお願い致します。
    www.city.higashiosaka.lg.jp/‎ から入って、「ようこそ市長の部屋へ」への
    アクセスで、野田市長への激励のメールをお願い致します。

    ●慰安婦像の設置は「遺憾」米グレンデール市長、東大阪市に回答文 HP変更
    はなし
    [産経ニュース 2013.10.30 14:30より抜粋]

     米カリフォルニア州グレンデール市が戦時中の慰安婦を象徴する少女像を設置
    した問題で、同市のホームページ(HP)に姉妹都市の大阪府東大阪市が設置に
    賛同したかのような虚偽の記述があるとして東大阪市が送った抗議文に対し、グ
    レンデール市から東大阪市に回答文書が送られていたことが30日、分かった。
    グレンデール市の市長名で「慰安婦像の設置で両市に深い溝ができたことを遺憾
    に思う」と記されていたが、HPの記載については一切触れられておらず、30
    日現在も記載内容は修正されていない。

     英文の回答文書は今月1日付。グレンデール市のウィーバー市長名で「慰安婦
    像の件は日本と韓国の問題で、グレンデール市はどちら側にもつくべきではな
    い」「(グレンデール市の)同僚議員らが慰安婦像設置に賛成したことを残念に
    思っている」などとつづられていた。

     グレンデール市の市長は5人の市議が交代で務めており、ウィーバー市長は慰
    安婦像設置後に就任。設置が決まった議会の投票の際、唯一反対票を投じていた。

     だが、回答文書にはHPの記載内容の修正などについては一切触れられておら
    ず、東大阪市文化国際課の米田利加課長は「姉妹都市提携の解消も含めて、今後
    の対応を検討したい」としている。

    慰安婦像は現地の韓国系団体が主導し、7月30日に設置。グレンデール市の
    HPには慰安婦像設置の背景として、姉妹都市が碑や記念物の設置に興味を寄せ
    ていると表明した▽維持費は姉妹都市により賄われる-などと虚偽の内容が記述
    されている。

     東大阪市は事実が異なるとして、7月25日付で市長あてに抗議文を送付。返
    答がなかったため、9月25日付で再度HPの修正を求める抗議文を送っていた。

     東大阪市は旧枚岡(ひらおか)市時代の昭和35年に、グレンデール市と姉妹
    都市提携を締結した。

  • ■第4回靖國神社参拝ツアーに22名が参加

    ~靖國神社参拝と秋の日光巡り~

    靖国神社 神門前
    靖国神社 神門前

     去る10月29日から30日にわたり日本会議大阪では第4回靖國神社参拝ツアーを行い、神社界を含めて22名が参加した。このツアーも今回で4回目となるが、7月から案内を行なって一定の人気を持っており、本会の年間行事として定着した感がある。

     第1日目の29日は午前10時前の新幹線であったが、品川に到着した時点で小雨がばらつき、バスで靖國神社に着いた時にはもう少し強くなったが、逆にご神域が浄められ、ご神殿も目も清かに映った。

     丁度、参集殿には岐阜県の遺族会の方々が多く待っておられ、待合の時間に山口権宮司から参拝に対する感謝の言葉、参拝する若いメンバーが確実に増え繰り返し参拝していること、形を変えた靖國訴訟がこれから東京で起こるなど、靖國神社を巡る様々なお話を伺うことができた。昇殿参拝では御鏡に対面すると不思議と心が落ち着き、英霊の御霊が御鏡を通じて私達を見守っていることを感じ、安心感を覚えるとともに、今、生かされて者としての責務の重さも実感できた。参加者の中には今回初めて靖國神社に参拝するご夫婦もおられ、感激一入であったという。

    華厳の滝
    華厳の滝

     続いて遊就館では約1時間、山本部長の説明を受けながら拝観をすることができ、有意義であった。特別展では大東亜戦争70年展Ⅱ(昭和17年ミッドウェー作戦から18年まで)を開催しており、非常に充実していた。
     その後、明日に備えてバスで一路、2時間半かけてJR宇都宮駅に無事到着したが、雨の方も小雨となった。ホテルでは一休みの後、夕食交流会となったが、参加者各自から自己紹介の時間もとり、知り合いのない方でも気軽に話ができる打ち解けた雰囲気となり、楽しい親睦もできたことはよかった。
    東照宮 唐門前
    東照宮 唐門前

     翌日30日、昨日とは打って変わって秋晴れで、絶好の旅行日和。早朝にホテルを出発して、日光へ。車で坂道を登って行く観光客が本当に多い。ここまで来ると男体山を目指す山道は大分、黄色を基調とした紅葉が色づきはじめており、秋が確実に来ているのだと思った。華厳の滝は、エレベーターでいきなり100メートルを下降して出てトンネルを抜けると、豊かな水流が空から真っ逆様に落ちてくる滝を見上げることができた。下のベランダのような場所には細かい水しぶきが漂っていて、淡い虹が浮かんでいた。霧のせいか、少し肌寒い。まさに絶景の一語に尽きる。
     その後、いろは坂を下って、輪王寺・東照宮・二荒山神社と参拝したが、ここの紅葉はもみじの赤色の紅葉をたたえていて綺麗であった。
    日光二荒山 拝殿前
    日光二荒山 拝殿前

     東照宮は400年の風雪を経ながら、創建当時のきらびやかな輝きを放ちながらも重々しい落着きをたたえていた。ここが北の鬼門として徳川家康が鎮まっておられる地であると思うと、徳川幕府の安泰を後世まで残そうとした気概を感じるから不思議である。とにかく修学旅行の子供達をはじめ全国から参拝客で一杯で、一回りするだけでも、結構疲れる。

     東照宮から出て西に進むとすぐに日光二荒山神社があり、ここでは落ち着いて参拝できた。男体山を御神体とし、歴史的にも関東の守り神として信仰を集めている由緒ある神社である。
     一足早い、秋の気配を身体中受け、身も心も気のせいか軽くなった思いがした。

     その後、西参道を下り、昼食をとり、一路、東京へと戻り、夕方には東京を出発、夜7時過ぎに帰阪したのであった。

     気の急く中で、こうして靖國神社参拝ツアーと称して会員の方々と旅行に出て、歴史に触れることの意義は深く、また組織としてもよい思い出を残すことができると痛感しながら帰ってきた次第であった。

  • ■支部と議会とのパイプができていく議員懇談会

    北摂支部議員懇談会
    北摂支部議員懇談会
     昨日28日(月)の夕方、日本会議大阪北摂支部では、豊中市のホテルアイボリーで、第2回議員懇談会を開催した。小生も府本部事務局の立場で参加させて頂いた。

     今回はとくに北摂の北部を中心とした地方議員に案内状を送付、府議会議員2名、豊中市議会から4名、箕面市議会から1名、茨木市議会から1名、吹田市議会から1名、豊能町議会から1名、計10名の議員が参加、会員が約30名参加し、懇談会としての形は整っていた。

     これまで府本部主催では参加されていなかった議員も支部主催の議員懇談会となると出席をされ易く、このような企画はこれからも繰り返し行うことも必要だ。

     懇談会では、教育現場での国旗国歌問題が話題の中心となっていたが、他には中高の教科書の採択問題や議会を無視する危険性がある自治基本条例の動きを阻止した活動など、若手議員でありながら、必死になって、日本の文化・伝統を守ろうとして議会活動をしている議員のお話を聞くことができてよかった。

     先生方からもまた議員相互の情報交換や、貴重な情報があれば是非とも知らせてほしいとの要望が出たり、会員からも日頃、思っている教育問題を中心に活発な要望もあった。

     その後、懇親会では8名の議員が残って頂き、個別に懇談もできた。こちらからは沖縄の基地統合縮小の署名もお願いすることができた。

     まだまだ課題は残るものの、このような議員懇談会をきめ細かにしていけば、支部と議会とのパイプが徐々にできてくるのではないかと確信した懇談会となった。

  • ■平成25年特攻勇士慰霊祭に参列

     昨27日午前、大阪護國神社拝殿横の特攻慰霊碑前で慰霊祭があり、約50名の参加者があり、小生も日本会議大阪を代表して参列させて頂いた。この慰霊祭は、平成21年10月、近畿偕行会をはじめとした特攻勇士顕彰会が中心となった護國神社に建立された特攻勇士慰霊碑の前で原則として最初の特攻を敢行した昭和19年10月20日の近辺に当たる10月第4日曜日に挙行しているもので、今回は27日なった。

    特攻勇士慰霊碑
    特攻勇士慰霊碑

     昨年は小雨そぼ降る中であったが、今回は秋晴れの爽やかな絶好の日和となった。

     とくに今回は大阪出身の特攻兵士に加え、終戦直前の磨刀石の戦いに従事した石頭予備士官学校生15柱が祀られていることもあり、陸の特攻として記憶に留めるべき磨刀石の戦いについても思い巡らすことができて、印象深い慰霊祭となった。

     磨刀石の戦いとは満州とソ連の国境における磨刀石において、石頭の候補生たちは手作りの木箱詰め急造爆雷を抱きしめて、ドイツ軍を完膚なきまでに叩いたソ連のT34型戦車の底腹やキャタピラを目指して体当たりをしていった、肉弾戦である。敵に与えた損害は、戦車63輌、兵数百人、600余命という余りにも大きな犠牲と引き替えに48時間以上、敵の侵攻を食い止めたのであるが、戦後はソ連軍の捕虜、シベリア抑留となる悲劇が待っているのであった。ほとんど、その事実を知らない中で、その御柱が祀られたことは、とくに小生達の世代がその歴史を継承していく責務を与えられたことを意味する。

     主催をする顕彰会の方々も年々、齢を重ねられる中、特攻兵士を継承していくことが、戦いの精神を繋いでいくことであることを改めて思った慰霊祭となった。

  • ■氷雨の中、多くのご遺族が参列した大阪護國神社秋季例大祭

    柳沢宮司の挨拶
    柳沢宮司の挨拶
     本日10月20日(日)の午前、大阪護國神社で秋季例大祭が斎行され、千家・日本会議大阪議長の随行と兼ねて参列した。昨日とは異なり、昨晩から冷雨が降り続く生憎の雨であったが、拝殿には約100名、境内に張ったテントには約500名のご遺族の方々が参列された。肌寒い中でも、老躯を押して参列されているご遺族の方々の姿はやはりありがたいものだと思った。

     粛々と祭儀が進み、今回もご英霊の御霊がおりてこられて、しっかりと参列者を見届けられていることを感じ、不思議に心が安らいだ。

    秋季例大祭
    秋季例大祭

     柳澤宮司がご挨拶の中で、本日が地久節であることに触れられ、自然災害で被災された人々に「どこまでも寄り添う気持ちを持ち続けなければと思っています」というお言葉を紹介、式年遷宮にも触れ、20年毎に神様のいのちのよみがえりを祈って来たわが国の歴史に連なり、守ろうとされてきたのがご英霊の心であるとのお話は印象深かった。

     残念ながら安倍首相は今のところ靖國神社秋季例大祭には参列をされていないが、事前に真榊をたてられたこと、岸・外務副大臣の参列などを考え合わせると、やはり年内に参拝する意向であることは十分に読み取れる。

     そのことを期待しながら、護國神社をあとにした。

  • ■神様のいのちよみがえりの時に自らのいのちもよみがえらせることを決意した伊勢参り

     ~第27回「日本の誇り」歴史体験セミナーに参加して~

     去る12日から14日にかけて、小生が所属している日本協議会が主催して第27回「日本の誇り」歴史体験セミナーが鳥羽商工会議所で行われ、参加した。社会人、学生が連休を利用して全国から200名参加したが活況を呈していた。3日間、それまでの暑さと打って変わって、伊勢の地もさわやかな秋晴れの中、絶好の参拝日和となった。

    内宮 荒祭宮
    内宮 荒祭宮

     セミナーは、タイトルが「悠久への祈り-御遷宮と日本人」の通り、伊勢神宮の内宮、外宮のご正殿が遷御の儀が終わり、なお別宮が遷御の儀が続いている中で行われたが、2日目の13日は新宮を参拝できて、その感激は帰阪後もまだ続いている。
    内宮 風日祈宮橋
    内宮 風日祈宮橋

     宿泊場所の鳥羽・岬の宿からバスで神宮へ移動、8時から内宮での御垣内参拝。もうこの時間でも多くの人々が参拝していて驚いた。天照大御神様は古い宮の西隣に御敷地にお遷りになられたのだが、朝日さした御垣内は光り輝き、内玉垣南御門から僅かに見える鰹木の端を覆う神具の金色からは神々しいばかりに光が輝いて、この世とは思われない美しさがあった。そして、檜の香りが心を落ち着かせ、まさに神様がご正殿にいらっしゃることを実感した。自然と心が洗われ、浄められていっているように感じた。

    外宮 参道
    外宮 参道

     その後、荒祭宮、風日祈宮(当日の夜に遷御の儀があった)と参拝したが、普段であれば参拝する人々が少ない別宮であるが、ここも列が並ぶ程であった。

     続いて、午後に外宮に移動し、御垣内参拝。板垣南御門の口元から参拝する人々が並んでいる。内宮同様に御敷地に入ると、垂直に切られた千木が目に入った。ご正殿全体の金色の輝きが放たれていて、やはり豊受大御神様がお遷りになられていることを体感した。参加者全員の気持ちが一つにまとまった参拝も心に残った。

    外宮 多賀宮への参道
    外宮 多賀宮への参道
     そして東隣の古い宮へ板垣北御門から入り、既に神様がおられなくなった御正殿を拝した。茅葺屋根は二十年の風雪で朽ちていたが、居玉はまだ輝いていた。何か神様が去られ、寂しげであったが、お役目を終えた社殿はなんとなく落ち着いた静けさを感じた。古い宮に入るという体験はめったにないことで貴重であった。
     続いて風宮、多賀宮(前日に遷御の儀がとり行われた)を参拝した。せんぐう館見学では遷宮の歴史から今回の遷宮に向けて、いかに多くの人々が関わっているのかを俯瞰できて学ぶことが多かった。

     天照大御神様をはじめとする神々様のいのちがよみがえる時に、神々様によって生かされている人々のいのちもよみがえっていくことを繰り返してきた歴史を、この62回目も私達が日本の歴史を繰り返していく歴史をつくっていくことを決意する時期なのだと心定めのできた伊勢参りとなった。

    外宮古い宮の板垣南御門前
    外宮古い宮の板垣南御門前

     日本人のいのちをよみがえり、それこそは今、眼前にある憲法改正を実現することに他ならないことを確信した。

  • ■中河内支部講演会で河添恵子氏が講演、野田市長もグ市の慰安婦像で挨拶

     ~約120名が参加~

     昨9月22日(日)の午後、東大阪市「街の駅」クレアホールふせで日本会議大阪中河内支部の第7回講演会が開催され、国会、地方議員の先生を始め約120名の参加者があった。連休の中日ということもあり、参加情況が心配であったが、ほぼ会場が一杯となった。

    挨拶される野田・東大阪市長
    挨拶される野田・東大阪市長

     講演前の会員代表挨拶では野田・東大阪市長が挨拶、米国グレンデール市の慰安婦像設置に関して、姉妹都市として勝手に東大阪市の名前が使用されている問題について、抗議などの経過報告があった。この機会に中河内支部としても全面的に激励していく立場で、市長に出席を願い、説明して頂いたことはよかった。

     市長のお話では、グ市は2007年の米国下院で対日謝罪決議をなされたのに基づき、昨年7月30日に慰安婦の日を制定し、今回の像設置に至ったこと、昨年の東大阪市は抗議をグ市に対して行ったこと、当時、下院決議がなされた時には日本政府としては全く抗議の対応をしなかったこと、今回はグ市からはこちらからの抗議に対しては何も返答がなく、またわが国外務省に対しても対応してほしい要請をしたにもかかわらず、無視をし続ける姿勢を示しているとのことで、大変、不満を持っておられた。

     銅像が設置されるまでグ市での韓国ロビーが市会議員に積極的に活動していることを紹介し、国民ととしてもその動きに対して声を上げていくことが必要であるとされた。

     今後はこのような状態が続く場合には姉妹都市の提携の解消も議会で決議する可能性もあるとされ、東大阪市、日本の誇りを断固、守っていく決意を感じた。

     あえてこの場でこのような決意を述べた野田市長を今後とも激励していきたいと思った。

    講演される河添先生
    講演される河添先生

     続いて、記念講演ではジャーナリストの河添恵子氏が、「中国マネーによる領土買収と日本のこれから」と題してご講演、これまで40ヵ国と海外を取材した抱負なデータと最新の情報に裏打ちされた中国マネーによる領土買収の実態の紹介は、非常に衝撃的であった。

     とくに中国が今日、最も狙っているところは北極海航路であり、デンマーク領グリーランドやアイスランドに浸食し、そこから新潟港の航路をわが物としようとしていること、西欧の港なども中国最大のの海運物流企業グループのCOSCO(コスコ)などが倉庫の拡大のために土地の買収を推進していること、カナダやニュージーランドなど、世界的規模で土地の買収工作をしていること、わが国の場合はリゾート開発だけでなく太陽光パネル事業についてもその背景には中国系の企業があることなどを紹介、中国が国際的にどんな国とも関係を持つことに努めるとともに、土地を持ったら絶対にその国には返さないことを強調され、大変に危機感を持った。

     これに対して国だけでなく、水源保護条例の制定や、土地を売買する場合にも事前の審査制を敷くなどして中国に対して精神的に牽制していくことなど、地方でもできることから対応する必要を訴えられ、議員の先生方には是非、動いて頂きたいという要請があった。

     普段、何げなく見えている事例の中に、中国の戦略が見え隠れしていことを警戒していく危機意識を持っていく重要性を実感した。

     その後、先生を囲んで、役員懇親会を開催、親睦を深めるひとときとなった。

  • ■大阪市支部、第1回役員会が開催される

     昨17日夕方、大阪府神社庁会館5階で日本会議大阪 大阪市支部の第1回役員
    会が開催され、14名の役員が参加した。支部の設立総会が5月にあって以来、府
    本部の講演会や天皇皇后両陛下奉迎活動では支部としてお手伝いを頂いていた
    が、役員会は4ヵ月振りとなってしまったが、役員の出席率が非常に高く、設立
    の息吹はいまだにあることを実感した。

     事務局から全体の活動方針を確認した後、具体的な事業計画を協議したが、役
    員会を2ヵ月に1回のペースで平日の夕方に開催、課題の協議とともに定例会を
    開催することや今年度3月までに「日本会議セミナー」を広く会員やそれ以外の
    人々にも呼びかけて開催していくこと、英霊顕彰事業として真田山陸軍墓地への
    墓参・清掃奉仕の実現に向けて調査をすることなどが決定した。

     また若い層を集めるために、なるべく身近な問題を扱ったり、いろいろにコ
    ミュニティーを活用できないか、「日本会議」を知ってもらうためにどのような
    手立てがあるのかなど、建設的な意見が出て、大阪市支部に限らず、支部全体が
    抱えている課題について考えさせる内容が多く、今後の行事企画と合わせて再検
    討していくことが確認されていった。

     設立してから間もない支部ではあるが、役員構成が年輩の方から若い顔ぶれが
    そろっており、寳來支部長を支えて頑張っていこうとする雰囲気があり、なかな
    か前途有望な組織となるのではないかと期待している。

  • ■無事、任務を遂行した全国縦断キャラバン活動

     今朝は早朝から2020年五輪開催地が東京に決定したことで、テレビ・マスコミはその話題で持ちきりといったところであるが、小生は昨7日の午前中に日本会議全国縦断キャラバン活動から帰宅した。とりあえず任務を果たすことができたという心地よい達成感を味わっている。

    佐賀市 8月31日
    佐賀市 8月31日

     8月30日に大阪でキャラバン隊を受け入れた翌31日から佐賀県護國神社での集会に合流、5日夜の熊本県八代市の集会に至るまで、小生を含めた3名の隊員がキャラバンカーに乗り込み、佐賀、鹿児島、宮崎、大分、熊本県内の6日間7会場の集会と理事会及び情宣活動、陳情活動を展開し、6日はキャラバンカー返却のために熊本・八代市から10時間かけて兵庫・西明石市内まで運転を替りながら無事に到着することができたのである。(小生は運転はしていないが、車両に乗っての移動も結構、負担となる)
    出水市 9月1日
    出水市 9月1日

     8月下旬はまだ酷暑が続いていたが、さすがに6日の夜、西明石市内の関係者の会社内で荷物を片付けて一段落すると、既に肌寒くなり、ようやく秋めいてきいることを実感した。ここ1週間は、九州各地では台風の影響で、8月下旬は台風に突っ込んでいくように大雨続き、その後は鹿児島から宮崎に向う時には今度は台風の行先の前を走るような恰好となり、5日になってはじめて朝から快晴となる天候となった。
    曽於市 9月2日
    曽於市 9月2日

     これまでもキャラバン隊では隊長を数回勤めてきたが、今回は20数年ぶりに九州方面に行くこととなり、会う人会う人、初めての方ばかりということあり、緊張感のある日々を送る一方、やはり九州の方々の国を憂える思いの深さが純朴なお人柄の中に滲み出ていることを実感した。

     また、行事終了後も懇親会を必ずして頂いたり、宿泊場所を念法寺や個人宅などを提供して頂いたりして、単に行事だけでなく目に見えないところで支えて頂いていることに涙こぼれる思いがした。

    都城市 9月3日
    都城市 9月3日

     普段は大阪の他はせいぜい近畿ブロックの各府県の役員はじめとする関係者と連絡することはあっても、他のブロックへの出張の機会はないこともあり、こういうキャラバン隊で他の県を巡回し、地元の国民運動の実態を粒さに見て、どのような構想で展開しているのかを学ぶ絶好の機会ともなり、大いに啓発を受けた。新しいアイディアも持つきっかけとなると確信している。
     また逆に大阪のに運動の息吹を少しでも広げることができたのではないかと思っている。

    大分市 9月4日
    大分市 9月4日

     「尖閣・沖縄を守り、憲法改正を!」と題したキャラバンは、中国の軍事増強・海洋戦略で高まっている沖縄の重要性が増している中で基地問題を解決するために新たに作成したDVDを上映、説明しながら、普天間基地の危険性の除去と米軍基地負担の軽減のための協力を訴え、また国民の力で憲法改正へ向けた議論を巻き起こすことを力一杯伝え、また地方議員への基地問題解決に向けた署名への協力と、街頭での「尖閣を守れ!」全国署名への協力を求めてきた。
    八代市 9月5日
    八代市 9月5日

     各県の対応は様々ではあったが、概して反応はよく、とくに沖縄の米軍基地の比率が実はそんなに多くはないこと、普天間基地の辺野古への移設が統合・縮小となることについては、皆さん、必ず納得して頂いた。

     また憲法改正問題についても、関心が高く、国政選挙がない、この3年間に国民投票を含めて議論の高まりが必要であることを共鳴して頂いた。

     九州各県の組織的基盤が強いのは、受け入れ担当の方々がしっかりと計画性をもってキャラバンをいかに生かすかを腐心していること、たとえば佐賀は支部主催行事であるとともに役員結集にしていたり、鹿児島のように支部立ち上げ直後の記念講演会、都城市のように支部設立に向けた集会、大分は徹底した県議団、市議団への陳情活動にしたり、熊本のように10月下旬の豊かな海づくり大会で行幸啓される天皇皇后両陛下奉迎の準備の中で、支部立ち上げをつくっていくなど明確となっているからだ。全国的に運動を牽引しているエネルギーに満ちており、羨ましい限りであった。

     明日から、これらの県を訪問して獲得した点を、縦横無尽に生かして、次のステージに入る。