日本維新の会の国会議員団がまとめた次期衆院選公約の原案が25日わかった が、それによれば、2045年を目標に外国軍の国内駐留を全廃することを掲げると いう。外国軍は在日米軍を指すことになるから、結局、わが国の自主独立体制が できるがどうかを問うことなく、米軍に出ていってもらうという、実に現実を無 視した、極端に言えば共産党と同じ主張になっている。大変、恐ろしい原案であ り、こんな内容が機関決定すれば国民の多くは支持することはないであろう。 報道によれば橋下代表は「全然違う。表現の出し方も拙く、慎重に考えないと いけない」として、国会議員団との間で大きな隔たりがあるとの認識を示してい るという。 維新八策では外交・防衛については、「日本の主権と領土を自力で守る防衛力 と政策の整備」及び「日米同盟を基軸とし、自由と民主主義を守る国々との連携 を強化」すると掲げており、維新の会が自主防衛をどのようにするのかをより明 確に示すことが必要であり、およそ国会議員団は維新八策を本当に理解している のか、疑念を持たざるを得なく、不安である。
カテゴリー: 報国日誌
日本会議大阪の日々の活動を綴っています
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■維新公約の国会議員団原案、外国軍の国内駐留全廃は現実的か
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■石原氏、遂に新党結成表明
昨25日の午後、石原都知事が知事辞任と新党結成を表明した。「最後のご奉 公」として、明治以来、この国が中央官僚に支配され、常に一貫性と継続性と称 して問題を先送りしてきた結果、柔軟に対応できなくなった体制を脱却しなけれ ばならないこと、各省庁の問題を批判した。ゆとり教育を推進してきた文科省、 東京都との認証保育園、厚労省の認可保育園と分け、補助金が認可保育園に出て いることへの批判、尖閣諸島に漁民のために船だまりをつくろうとしない批判、 普天間飛行場を何故、我が国が使用しようとしないのかと批判し、新党を結成す ると表明したわけである。 また憲法改正についても言及、講和条約締結後に占領基本法である憲法を放棄 すべきであったとし、憲法改正に強い意向を示した。 今後、「たちあがれ日本」の解党的合流、維新との連携など、政界が混沌とし て予断が許さないが、石原新党結成の表明は非常にインパクトが強く、国民に とってもグッと政治を面白いものとする期待感じを感じさせるものであった。
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■海保の業務の気高さ
海保第11管区では、中国人乗り込んだ船の事故で約70名の乗組員を救助した。
海上警備も大変な業務である。一方では昨日も中国が尖閣諸島周辺の接続水域に
4隻の海洋監視船を出航させており、もちろん海保では巡視船の警戒が行われて
いたはずである。確かに中国当局の指示によるもので、事故を起こした中国人乗
組員に罪があるわけでないが、海保はこんな時はたとえ乗組員が中国人であって
も助けるという業務を黙々とこなしているのだ。ここに公のために尽くす人々が
いて初めて、我が国の威信が保たれていることを痛感するものだ。
先日、ニュースで海上保安大学校に入学する若者が多くなったと報道があった
が、体力はもとより、圧倒的な正義感と人のためになりたいという奉仕精神を持
ちたいとの決意を持った若者が出てくることは嬉しいことである。
ただし中国政府はこれと別次元で尖閣・沖縄を奪取しようとしている意図はブ
レることはなさそうだ。 -
■正鵠を得た選択ー安倍氏が新総裁
自民党の新総裁に安倍元首相が選出された。中国との領土領海の問題、デフ レ、脱原発、オスプレイ配備問題、東日本大震災の復興問題など、課題が山積し ている中で、袋小路に陥っている野田政権に対峙できる切り札として、自民党は 安倍氏を選んだ。まさに正鵠を得た選択であった。そして失敗は許されない厳し い選択でもある。 それにしてもマスコミは既に安倍新総裁をかつてと同様に批判をしているが、 それを差し引いても自民党総裁選の注目度は民主党の代表選を抜いていた。明ら かにマスコミも民主党政権にテコ入れをしてきたことを方向転換をしているよう に思える。この流れは政権交代時と同じような雰囲気もあるが、自民党総裁選の 結果が何を意味しているのかをしっかりと踏まえることが必要であろう。 安倍氏は、選挙中に集団的自衛権の行使の容認を訴え、新総裁に選出後は、 「自民党のためでなく、日本を取り戻す、難局を打開して強い日本、豊かな日本 をつくる」と、「日本」の言葉を繰り返したが、ここに日本を守ろうとする覚悟 が滲み出ているのではないか。 少なくとも国民の視線が明らかに自民党総裁選の行方にあったことを考える と、野党としての自民党の戦い方によって、この国が再生するかどうかが遠い将 来ではなく、すぐに答えが出るのではないか。
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■中国現役少将が「第3段階」突入も辞さずと、意見表明
このところの中国各地での抗日デモ、反日でもはかなり激しく、これまで約20 都市で約7万人がデモに参加するという大規模なものに発展している。日本人ま でに危害を与えているわけであるから、尋常のものではない。 現役将校が「第3段階」に突入したとの発言も見逃すことができない。いよい よ中国は本気になって尖閣を奪取することを国を挙げて行うことを宣言したと 言ってよい。 ●人民解放軍将校10人 「第3段階」突入も辞さず 2012.9.14 21:24 [尖閣諸島問題] 【北京=川越一】中国人民解放軍の現役少将を含む将校10人が中国紙上で意 見表明し、沖縄県・尖閣諸島周辺海域への海洋監視船派遣を日本政府による国有 化に対する対抗措置の「第2段階」と位置づけ、武力行使を意味する「第3段 階」も辞さない姿勢を示した。 将校の意見を掲載したのは13日付の国際情報紙、環球時報。尖閣諸島の軍事 演習区化を提案するなど、タカ派で知られる羅援少将は「武力解決の機は熟して いない」としつつも、「戦略的力量が十分に積み重ねられるのを待ち、最終的に 島を奪う」と訴えた。 元軍事法院副院長の黄林異少将は「外交交渉で解決できないのなら、小規模の 軍事衝突も発生し得る」と予測した。元南海艦隊政治委員の趙英富中将は「われ われは暴発を恐れない。国家を強大にし、頑強な国防を後ろ盾にすることが釣魚 島問題の最終的解決の基礎となる」と主張した。 中国軍縮協会理事の徐光裕少将は「日本は軍事衝突が起これば米国が助けてく れると思っているが、それは願いにすぎない」と一蹴。「米国の日本を守る意欲 は低い。米国も中国と正面からぶつかる危険は冒せない」とした。
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■「尖閣を守る」ということ
このところ、尖閣諸島を巡って政府が国有化するために地権者と売却合意をし たとの報道が飛び交い、しかし石原都知事によれば地権者はまだ国と合意したの ではなく、迷っているというようだとの言もあり、一体、マスコミで報道されて いるのが本当なのがどうか、わからない状態となっている。とくに寄附をした 人々にとっては、東京都が購入することが実効支配の具体的実行に当たると信じ ていることもあり、何もしない国に寄付したわけではないという不満があるのは 当然であろう。事務局にも何本かそういう電話が入った。
これまで着実に東京都が購入手続きを進め、国民に対して広く購入資金の寄附金 を募り、実に14億円を超える金額を集めるとともに、つい先日は土地購入価格を 見積もるために洋上調査をし、利活用を明確にもっていることが明らかとなった。
政府は中国に対して異常なまでに配慮することによって、報道によれば地権者に 地価20億5千万円の提案を行い、それで合意をしたとのことであるが、これまで 歴代内閣は「わが国固有の領土」と言って何もしてこなかったことを考えると、 「尖閣には何もつくらない」という方針を堅持し、ただ放置することになってし まうことが予想される。
小生は、洋上調査後にテレビで初めて魚釣島の実態-水場があり、比較的平地 が多いこと、海鳥が多く、海も非常にきれいで、野生ヤギが多く生息していて食 害が起こっている様子、またかつて人々が鰹節工場を営んで場所には船がはいる 所が石垣による建物あり、確かに生活の痕跡があったことを目の当たりにして、 これまで、とにかく尖閣諸島に上陸することが日本の領土であることを示すこと になると上陸許可のないまま、危険を顧みず、上陸することも大きな意味がある が、実際に尖閣諸島をどう活用することができるのかを考えている東京都のやり 方は、確かにその上を行っていると痛感した。
無理やり国有化することによって、いままでと同じ曖昧に形にしてしまうの か、具体的実効支配の方法を推進するのか、二つの構図が明確になったように思 うのだ。
「尖閣を守る」ということは一体、どういうことなのか、確実に国民はわかっ ているのではないか。政府は一歩、間違えると大変にしっぺ返しに会うギリギリ のところに追い込まれた。
何故ならば、国有化することを表明したことが、中国の反発を招いているから だ。どちらにしても政府には不利な状況となっている感じがする。
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■父親の死を乗り越えて
昨日2日の夕方に、大阪に戻ってきたところである。 小生の父親が8月27日の昼に亡くなった。享年83歳だった。 実家が長野ということで、実家に近いにところに住んでいる妹や先に見舞いに 行っていた家内などの連絡ではまだ小康状態が続きそうであったが、当日、朝か ら容態が急変したとの知らせを受け、とるものもとらず、直ぐに長野に直行した が、電車の中で亡くなった連絡を受けることになった。なんとか息の引き取る前 に間に合いたいとの願いは叶わなかったが、自宅で安らかな死に顔を見て、自然 に「今まで本当にありがとうございました。これからしっかり、責任をもって家 のこと、母親のことをめんどうみるから安心して下さい。」との言葉が出て、悲 しみがこみ上げてきた。 28日には喪主として通夜、29日には葬儀に臨み、翌日からはお寺まいり、自宅 への弔問客の応対、四十九日法要の連絡や、いろいろな手続きなどがあり、介護 の必要な母親の面倒をどうするかなど、悲しみを悲しみと捉える前になすべきこ とが多く、家内をまだ実家に残したままに帰阪して、ようやく父親の不在の重さ を実感しているところだ。 胃がんも末期症状で、入退院を繰り返し、7月下旬からは病院での闘病生活と なったが、8月からの半月間、休みを頂いての看護が出来、また今回、葬儀前後 に1週間の休みを頂くこととなったが、小生にとってもかけがえのないひととき を送ることができた。 父親は現役の時は警察官、退職してからは長野県の安全運転管理者協会事務局 長として、その後は、親族の世話役として、自分のことよりも人のために役立ち たいとの奉仕精神の強い人であった。 小生がこのような国民運動に従事していることについては、決して賛成ではな かったが、病床から「あとはお前にまかせるから、宜しく頼む」と絞り出すよう な声を聞いたり、生前、とにかく長野の戻って来てほしいとの母親の希望に対し ても、父親は「今、長野に戻ったら公紀の生きがいはあるのか」と言って、息子 のわがままを承知してくれたことを母親から聞くにつけて、曲がりなりにも一人 前になったことを認めてもらったような気がしている。 葬儀が終わって、毎日、父親の遺影に手を合わせていたが、その温和な顔を拝 しているうちに、とにかく自分に注いできた愛情を自分がどのようにして恩返し していくのかを考えていた。 この8月はとにかく、父親、母親、兄妹、親族と家族の絆がいかに大切なもの なのか、一人の人生が幕を閉じるとはどういうことなのか、目の当りにしてきた が、父親は小生に人間的に一回り、大きくなることを教えてもらった気がしてい る。また同志の励まし、事務所の人々の励ましがいかに大切であるのかを痛感し てきた。 明日からは心の動揺をなくし、どっしりとして課せられた使命に全力で従事し ていくことが、小生のとるべき道であると決意する。 多くの同志の方々にまごころのこもった弔意を頂きましたことを心から御礼申 し上げます。
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■16日ぶり、大阪に帰る
本日16日夕方、郷里の長野から帰阪した。父親が先月下旬から入院したの伴 い、その看病ため今月1日から2週間以上、大阪を留守したこととなる。父親の 身体も日に日に弱っていっているようだが、小康状態が続いていることもあり、 9月30日に開催される近畿ブロック大会準備の業務のこともあり、一端、戻って きた次第である。田舎ではこれまであまり付き合いのなかった親戚の人々や隣近 所の人々と連絡をとったり、直接お会いできたり、お盆に墓参りもできる貴重な 時間を過ごすとともに、家族の助け合い、絆のありがたさを感じることができた。 今回は、5日の親子・護國神社清掃奉仕、昨日15日の戦没者追悼祈念講演会の 運営と欠席せざるを得なかったが、神社庁はじめ多くのメンバーによって行事を 行うことができて、心から感謝している。また行事はこのように多くの人々の力 でできていることを外から見て、改めて実感することができた。 さて、この間の竹島といい、尖閣諸島といい、領土領海を脅かす動きが激し い。田舎でもネットで情報は得ていたものの、やはり大阪に戻って、あらゆる動 きの背景をじっくりと考えることができる。どんな理由、戦術があるにせよ、他 国抗議船を魚釣島に上陸させることは避けねばならなかった。いま又、政府は逮 捕した乗組員を不法入国以外の罪がなければ入管管理局に身柄を引き渡し、強制 送還をさせようとしているとのことであるが、これは国内法によって起訴、裁判 にかけなければならない事案であろう。 明日から気持ちを冷静に持ちながら、しかしやるべき業務を確実にこなし、近 畿ブロック大会を領土領海を守り、皇室を守っていく拠点がここにあることをア ピールできるよう、つくり上げていきたい。
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■議員連盟が申請した上陸許可を認めなかった政府の対応
「日本の領土を守るため行動する議員連盟」が申請していた魚釣島上陸許可を政府は出さなかった。結局、政府の尖閣諸島領有の断固たる姿勢はとることがなかったと言える。すると東京都の尖閣諸島上陸許可の申請に対してはどうなるのか。仮に許可した場合にはどういう理由を提示するのか、大いに注目されるところだ。
●「政府は鎮魂奨励すべきだ」 尖閣諸島上陸不許可で山谷 えり子氏 [産経ニュース 2012.8.14 12:36より抜粋]
超党派の「日本の領土を守るため行動する議員連盟」会長の山谷えり子自民党参院議員は14日、同議連が申請していた尖閣諸島(沖縄県石垣市)魚釣島への上陸許可を政府が認めなかったことについて「上陸して慰霊の誠をささげたいと考えていたので残念。戦争で亡くなられた方々の鎮魂は大切なことであり、政府は重く受け止め、むしろ奨励すべきだ」とするコメントを発表した。
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■郷里で久しぶりの墓参り
昨日13日、郷里の長野で墓参りすることができた。考えてみれば学生時代からこの方、お盆に墓参りをしたことがなく、父親の見舞いのために8月1日から長期休暇を取らせて頂いたからできたことである。いつもは大阪では戦没者追悼祈念講演会を開催、運営することもあり、英霊の御霊への深い感謝の誠を捧げることはできるが、自分の先祖の方々に感謝することができないという、充足感がなかったわけであるが、今回は父親の容態の悪化に伴って、このような機会を頂くことができたのである。
小生の家の墓は、実家から車で約10分位かかるお寺の裏山を切り開いたところの墓苑に位置しているが、そこからは地元の昭和地区一体が見渡せる所にある。ここからご先祖様が地元を守り、家族を見守っているかと思うと、自分の拠って立つ原点を静かに見直すことができるとともに、決してご先祖様の方々に裏切るような生き方はできないなあと思った。
夕方、多くの盆帰りで帰ってきた人々や家族が墓参りをしている。そして小生夫婦もお墓の周りの草取りをし、墓石を洗い、きれいになったところに新鮮なお花を挿し、線香をあげ、手を合わせた。そうするうちに、両親の姿や、親せきの人々、そして自分の幼い頃のことを懐かしく思い出し、自分が今、元気に生活を送れるのは多くの人々に守られた結果であることをつくづくと感じるこひとができた。
家族のことを心配しながらの帰省で、こころが動揺することもあるが、逆に今の時間を過ごすことによって、心を洗濯して頂いて、励まして頂いているような気持が強くなって来ている。いい時間を与えて頂いていることを実感している。