カテゴリー: 報国日誌

日本会議大阪の日々の活動を綴っています

  • ■内宮遷御の儀の後、2回目の御垣内参拝~第59回伊勢神宮新穀感謝祭に参列して~

     一昨日12月3日(火)は早朝から第59回伊勢神宮新穀感謝祭に参列するために敬神婦人会を中心とする神社関係者との皆さん約120名に帯同し、上本町から近鉄に乗って宇治山田、そしてバスで内宮へ参拝に向かった。幸いにも朝から温かく、絶好の陽気であった。

     
     小生にとっては10月中旬に遷御の儀が滞りなく終わった内宮を再び、参拝する機会に恵まれたわけであり、役得であるものの、ありがたい機会に恵まれた。

    内宮への参道
    内宮への参道
     今回は駅から内宮に行くまでの通りの両側が鮮やかな紅葉となっていて、目を楽しませてくれた。

    正宮前の様子
    正宮前の様子
     神宮の式年遷宮の高まりはずっと続いており、この日ももちろん全国各地から神社関係者関係の団体としての参拝者は多いとは言え、それ以外の参拝者も列が切れずに続いていて、日本人の信仰心の篤さを感じた。とくにご正宮前はごった返していて、御垣内参拝の時も間違えてこちらの団体に入りそうな方々もいた。

     新宮は遷御の儀が終わり、ようやく落ち着きをとり戻したような雰囲気であったが、目にまばゆい輝きは、一層に輝きわたり、天照大御神様の御稜威を体一杯に感じることができた。
     内宮神楽殿の御神楽が倭姫舞で、今回初めて、その優雅な舞を見ることができた。

     何回も何回も、神宮に参拝し、自らの原点、志、神様に奉告することのできる自分でありたいと再確認し、再び元気を与えられて帰阪したのだった。

  • ■「県民の会」の頑張りが自民党沖縄県連を動かす

     自民党沖縄県連も普天間基地の辺野古への移設を容認し、党本部の行程通り、
    物事が進むようになった。7万3千名という署名の数が、沖縄の世論を 変え、
    今や国会議員と県議の態度を変えている。とくに自民沖縄県連は参院選挙を県外
    移設を主張、党本部の方針と異なった姿勢を示してきたが、それ ほど支援者の
    反応に本音が言えなかったのだ。
     署名活動を展開してきた「県民の会」の頑張りが、ついに県連を動かしたと
    言ってよい。

     ようやくにして「決める政治」を沖縄でも実現できるのではないか。

     名護市でも12月に基地受け入れの総決起大会を開催する予定となっている。

    ●自民沖縄県連、辺野古移設を容認 菅官房長官「歓迎したい」
      [産経ニュース 2013.11.27 23:24より抜粋]

     自民党沖縄県連は27日、那覇市内で県議による総会を開き、米軍普天間飛行
    場(宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設を容認する方針を決定し た。「県
    外移設」からの方針転換となる。照屋守之県連幹事長は総会後の記者会見で「県
    外を求めれば求めるほど、普天間の固定化に向かう危機感が あった」と述べた。

     今後は、移設に必要な辺野古沿岸部の埋め立て申請に対する仲井真(なかい
    ま)弘多(ひろかず)知事の可否判断が焦点となる。

     県連幹部は29日に都内で自民党の石破茂幹事長や菅義偉官房長官と会談する
    と明らかにした。菅氏は27日の記者会見で、県連の県内移設容認方針 につい
    て「歓迎したい。(辺野古移設への)政治的な環境は整った」と述べた。

  • ■河野談話の虚構を左翼・リベラル政党の多数派も認める今日

     この記事の興味深いところは、なんと言っても支持政党別で公明、生活の党、共産では見直し派が過半数を越え、さらに民主、社民党に至っても多数派を占めた現象である。ここまで来ると左派・リベラル政党までもが、イデオロギーとは別次元で「河野談話」については信憑性を疑い、談話の根拠が実に曖昧、杜撰なものであることを熟知し、それを政治的に利用しようとする韓国の下心と策略に嫌気をさしていることが、もはや国民的な感情となっていることが見てとれる。

     あるいは、左派・リベラル政党の人々は談話が出た平成5年の時点では、鬼の首をとったような勢いであったが、自らの「愚かしさ」を認めたくない裏返しとしての見直しの表明であるのかわからないが、妙に河野談話の虚構について一つの流れができつつあるのは面白い。

     しかし、これが慰安婦の見直しになっていけば、韓国との対応も懐を深く、受けて立つ位の気構えを国としてできるようになるのではないか。

    ●【阿比留瑠比の極言御免】主流になってきた「河野談話ノー」 自民から共産支持者まで 
    [産経ニュースより抜粋 2013.11.21 10:45]

     韓国政府の顔を立てるため慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の「河野洋平官房長官談話」が、これまでよりはるかに厳しい国民の視線にさらされている。

     産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の直近の合同世論調査では、河野談話を見直すべきかとの設問に「はい」が55%に達した。「いいえ」(27・5%)のちょうどダブルスコアの数字である。

     特に興味深いのは、河野談話を見直すべきだとの意見が、「安倍内閣を支持するかしないか」「支持政党はどこか」にかかわらず、有権者全体で主流となっていると読み取れることだ。

     安倍晋三首相がもともと河野談話に懐疑的なため、安倍内閣支持層で見直し派が58・9%というのは普通に理解しやすい。ただ、非支持層でも見直し派は49・4%とほぼ半数いる。

     支持政党別にみると一層、面白い結果が出た。見直し派が多い順に並べると(1)みんなの党60・0%(2)自民党57・2%(3)公明党と生活の党57・1%(5)日本維新の会56・6%-となる。

    河野談話支持を表明してきた公明党の支持者の6割近くが、談話を見直すべきだと答えている。この点は今後も注目していきたい。

     さらに驚くべきことに、見直し派は(6)共産党51・6%(7)民主党46・8%(8)社民党41・7%-と、熱心に河野談話を擁護してきたいわゆる左派・リベラル政党でもすべて多数派だった。共産党支持者に至っては、過半数が見直し派なのだ。

     この世論調査の対象者は1000人と必ずしも多くない。生活の党や社民党の場合はそもそも支持者自体が少なく、サンプル数も十分とはいえないだろう。それを差し引いても、党派を問わず一定の傾向が出たことはやはり感慨深い。

     河野談話が発表された当時の新聞の社説をみると、「政府が何を根拠にこうした結論を導き出したのか必ずしもはっきりしない」と疑問を呈した産経新聞を除き、各紙は談話は順当な結論という論調だった。

     「強制連行を認めたと誤解される結果を招いた。談話は元慰安婦の証言をもとにまとめられ、十分な裏付けはなされなかった」

     現在(15日付記事)ではこう書くなど河野談話に否定的な読売新聞も、当時は「河野官房長官が『心からのお詫(わ)びと反省』の意を表明したのも当然だ」と受け止めていた。それが今回の世論調査結果のように見直し派が増えたのはなぜか。

     一つには、河野談話が何ら資料的な裏付けも日本側の証言もなく、韓国で駆け足で行った元慰安婦16人の聞き取り調査が主な根拠だったという実態が徐々に分かってきたこと。また、その聞き取り調査自体が極めてずさんだったことが判明したのも理由だろう。

     そしてそれ以上に、政策判断としては大間違いとはいえ、日本側が「善意」で出した談話を韓国側が対日非難の道具として利用し、世界で反日狂騒を繰り返していることもあるはずだ。

     いわば韓国側の「悪乗り」と「増長」が、国民の歴史認識の正常化に一役買っているわけである。ここは素直に韓国に感謝しようか。(政治部編集委員)

  • ■英霊と再会した文枝師匠の感動を描いた番組「ファミリーヒストリー」

     先日、ご案内した真田山陸軍墓地も紹介された番組「ファミリーヒストリー」が11月15日、NHK夜10時「桂 文枝~記憶なき父・衝撃の出会い」を見た。

     この番組は、語らざる著名人の家族の歴史を番組制作スタッフが諄々と事実を調査していくもので、今回は上方落語界の重鎮である桂文枝師匠であった。桂師匠は、生後11ヵ月で亡くなった父親のことはほとんど知らないことから話が始まった。自身11ヵ月の時、父親の葬儀の際に自分を抱いている母親の写真1枚だけで、母親は既に90歳を越えていて、記憶がまだらとなっており、元気な時にも父親の話を聞いたことはほとんどなかったという。そして番組制作スタッフが、父親の実家や親戚を訪ねて、父親、母親、親戚がどのような人生を送ってきたのかを丹念に調べていくのであった。

     父親は銀行員で、母親と結婚したが、やがて肺結核を患い病床生活を送っていたが、戦局が終盤となって厳しくなってくると、身体が病弱となった若者にも召集令状が届くようになり、真田山近くの演習場で戦地に出る前に、厳しい教練を課せられ、やがて病状が悪化して亡くなってしまう。
     その後、母親が自分を連れて父方の家を出て、女手一人で息子を育てていく。父方の家を出てからは、父方の家のことがわからず、父方の親戚との関係はない。

     昔はこのような境遇が多く、母親の苦労は並大抵でなかったことは容易に想像がついた。

     母親はいつか息子が天皇陛下とお会いさせて頂く機会を考え、しっかりとしつけをすることだけを心掛けたという。ご年配のご婦人の方々には、自らそう言い聞かせて子育てをしてきたのであろう。

     そして生活が落ち着いた時に夫の菩提寺がある岐阜県本巣町のお寺の先祖の墓地にお墓を建てたという。皆、そうやって夫を弔い、家族を弔ってきたのが日本人であったのではないかと思う。

     文枝師匠が平成17年の園遊会で両陛下に招かれたのであるが、母親はどんな嬉しかったことか、ご挨拶後、文枝師匠が「ただただ、母親に感謝したい」と感想を述べていたが、そのような経緯があったからである。

     そして番組の最後では真田山陸軍墓地の納骨堂に父親の骨坪が安置されていることがわかり、骨壺を手にした師匠は涙ながらに70年ぶりに父親と再会したのであった。骨壺を手にとって、ただただ「ご苦労様でした。」との言葉は重かった。また自分の身体の中に父親が生きていることを強く思ったとも語られた。

     いつものNHKの報道姿勢に比べると、イデオロギーを極力抑制し、真田山陸軍墓地が日清、日露、大東亜戦争で亡くなられた陸軍の兵士のお墓が建てられたところであることを紹介している構成には好感を持った。

     今もなお、亡くなられた兵士と家族の出会いのドラマ、英霊との触れ合いが続いている事実を文枝師匠を通じて、垣間見ることができたことは、やはり英霊は生きているということを強く印象づけた、好番組であったように思う。

     日本会議大阪 大阪市支部で計画している真田山陸軍墓地への墓参や研修を前にして、思いを新たにした次第である。

  • ■近づきつつある沖縄基地問題の天王山

     来年5月にはいよいよ名護市長選が行われる。米軍普天間飛行場を辺野古への統合縮小を実現するために沖縄では「県民の会」が連日、5万名の県民署名活動を展開しているが、名護市長選において移設容認の立場の候補が出馬する方向が高まり、年内の知事による海埋立の許可するか否かの決断を公表した直後ということで、1月には基地問題が解決することとなった。
     平成18年日米合意に当たっては、候補する意向を示した末松県議が防衛庁(当時)との折衝に当たったこともあり、政府の信頼も厚いようである。基地問題解決の天王山は近づきつつある。

    ●名護市長選 移設容認派、出馬へ[産経ニュース 2013.10.23 09:33より抜粋]

    沖縄基地問題意見広告
    沖縄基地問題意見広告

     来年1月の沖縄県名護市長選に末松文信(ぶんしん)県議(65)、自民、名護市区選出=が出馬する意向を固めたことが22日、分かった。末松氏は、米軍普天間飛行場(同県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古への移設を条件付きで容認する名護市議会会派「礎(いしじ)之会」から出馬要請を受けていた。辺野古移設に反対する現職の稲嶺進氏との一騎打ちとなる。

     容認派の市議や地元経済界関係者は同日、候補者選考を礎之会と末松氏に一任することを決定。礎之会は末松氏擁立を最終確認し、末松氏も出馬する意向を周辺に伝えた。

     末松氏は名護市の助役を務めていた平成18年、辺野古移設をめぐり防衛庁(当時)との折衝にあたり、防衛省内では「末松氏とは信頼関係がある」(幹部)と期待感が大きい。容認派の勝機が高まれば、知事による辺野古での埋め立て許可に向けた環境整備が進む。

  • ■「天皇陛下のお誕生日をお祝いする府民の集い」の要項が決定しました!

    ~永遠なる皇室の伝統と日本~

    講師 高清水有子 氏
    講師 高清水有子 氏

    ・日 時 12月23日(祝・月)午後2時~4時半
    ・会 場 大阪府神社庁会館5F TEL 06-6245-5741
    大阪市中央区久太郎町4丁目渡辺6号
    ※地下鉄 中央線・御堂筋線・四ツ橋線「本町」駅                                         下車、⑮番出口から徒歩1分、
    駐車場がありませんので、地下鉄をご利用下さいようお願い致します。
    ・式 典(2時~2時半)
    ・講 演(2時40分~4時)
    演 題 「式年遷宮と皇室の祈り
    ~天皇陛下のお言葉に込められた思い~」
    講 師 高清水 有子(たかしみず・ ゆうこ)(皇室ジャーナリスト)
    式典の詳細につきましては、こちらの案内をご確認下さい
    [略歴]
    青森市出身。平成元年より秋篠宮家を中心に皇室取材を続ける。
    これまで皇室特番や『THEワイド』(NTV系)などの情報番組でリポーターを担当。
    現在、皇室ジャーナリストとして、皇室特番のアドバイザー、コメンテーター、 講演講師として
    活動するとともに歴代天皇の詔勅研究に参加し研究員として携わる。
    生き物文化誌学会会員。著書に『紀子さまの育児日記』(朝日出版社)、『秋篠宮さまと紀子さ
    まの愛の十二章』(学習研究社)、『悠仁さまへ』(学習研究社)、『美智子さまと清子さま』(ブックマン社)がある。『ことば
    で聞く古事記』上・中巻(青林堂)で朗読を担当。「日本の息吹」10月号の「今月の言葉」を担当。

    ・記録ビデオ 上映「天皇皇后両陛下 大阪行幸啓 奉迎活動」(4時5分~4時20分)
    ※現在、制作中

    ・参加費 1,000円(正会員以上は無料)

    ◎当日は皇室御一家カレンダー・昭和天皇御製カレンダー(1部 1,000円)などを頒布致しますので、是非、ご家庭にご掲示下さい。(一般書店では頒布していません)

    ・主 催 日本会議大阪
    大阪市中央区久太郎町4丁目渡辺6号 大阪府神社庁内
    TEL 06-6245-5741/FAX 06-6243-1682

    ・協 賛 一般財団法人 大阪国学院

  • ■感動した新島旧邸訪問-大楠公の志が新島襄先生の生き方に影響を与えた

    新島旧邸外観
    新島旧邸外観
     昨日10月19日(土)、絶好の行楽日和の中、京都御苑の東側、寺町通りに位置する新島旧邸を訪ねた。申すまでもなく、新島邸は、1875年(明治8年)11月に同志社英学校を創立した場所であるとともに、新島ご夫妻の住んでいた所であり、文字通り同志社発祥の地である。

     訪問したのは、大河ドラマブームということもあるが、もう一つ、どうしても新島先生の人生の志、何をもって米国にわって学び、キリスト教主義、自由主義、国際主義をもって、日本で学校を創立せんとしたその背景を確かめたかったのである。

     繰り返すが小生も曲がりなりにも同志社大に通っていたこともあり、今年のNHK大河ドラマは楽しみな番組である。学生時代、校祖の新島先生について学んだこともあり、自然と新島襄先生と呼ぶようになった。番組の中では八重夫人の一生が基調となっており、前半は会津藩の藩を挙げての子弟教育、そして戊辰戦争の中で、鶴ヶ城の籠城戦の様子が詳細に描かれ、武士道のあり方や孝明天皇と松平容保公の固い絆が印象深く、後半は襄先生と八重夫人の若者への教育する情熱とそれをバックアップする山本覚馬の存在が重く、近代における教育がいかに日本を発展させていったのかを臨場感をもって描かれている。

    新島旧邸応接間
    新島旧邸応接間

     恥ずかしながら小生は学生時代、新島先生といいながら一回も新島旧邸を訪ねたことはなかった。外観はコロニアル様式を取り入れながら、全て真壁作りとなっていて、和に洋を取り入れたただ住まいであるが、当時としてはやはり画期的なハイカラさの趣きが今に伝わっていた。

     そして応接間に入った。当時、18畳洋間の応接間は生徒8名はじめ、教室、職員室、会議室、大学設立募金事務室、教会の集会室など、文字通り、英学校の中心的な場所となっていて、多くの人々が出入りしていたところである。

    朱舜水の賛拓本
    朱舜水の賛拓本

     部屋の西側の壁に湊川神社にある水戸光圀公の建立した「嗚呼忠臣楠氏墓」とその裏にある朱舜水の賛を拓本にした額が掲げられているのを確認できた。係の女性に聞いてみたが、新島先生が米国に渡る前に寄った神戸の湊川神社を参拝した時に拓本にしたとのことであった。

     おそらく新島先生も上野国安中藩の武家の出身であり、大楠公の天皇陛下に尽くす無私の生き方を志とする決意を持ち続けることを確認するとともに、また応接間に出入りしていた、多くの生徒、職員もこの額を見て、新島先生の大切にされて精神に触れていたことは容易に想像できる。

     後世、新島先生は、キリスト教主義教育を施し、リベラリストと捉えている向きもあるが、先生が「一国の良心」と表わした、その「一国」は皇室の伝統を守り伝えてきた国柄のことであり、国を救いたいという烈々たる気概を把持されていることを確信したのだった。その精神は、確かに八重夫人のその後の赤十字社での看護活動や同志社出身である徳富蘇峰の思想にも確実に継承されていることを思いおこして得心がいった。

     何か、新島先生の神髄に触れることができ、先生を校祖として仰ぎ見ることの誇りを持つことができた訪問となった。

     ただ一方で、今の同志社大が先生の精神を正し継承しているのかどうか、見直すことで、大学教育の実態を見ることもできるのではないかと改めて思ったりもする。

     是非、皆さんも来年3月まで、原則として毎週火曜日を除いて毎日開館していますので、見学して下さい。事前にネット又はFAXでの申し込み必要です。

    http://kyutei.doshisha.ac.jp/reserve/index.html 

  • ■改めて虚構であった河野談話

     産経は昨10月16日、平成5年に発表した官憲によって強制された慰安婦の存在を認め、韓国に対してお詫びと反省を述べた、いわゆる河野談話の根拠となる聞き取り調査がずさんなものである記事をスクープした。なにしろ。聞き取り調査をした16人の元慰安婦が名前、出身地、生年が不詳であり、さらにダブっている場合もあったり、政府が聞き取り調査をする前に韓国が聞き取り調査をした40名の元慰安婦の証言のうち、信憑性が疑われるメンバーをも韓国政府は日本政府に選定するなど、改めて談話内容の根拠がないことを裏付けるものであった。

     安倍政権は直ちに証言の虚構性を証明するために、間髪を入れずに調査内容を顕彰することにより、官房長官談話を発するべきである。韓国を標的にするというよりも、政府の見解として官憲の強制による慰安婦はいなかったと。淡々と談話をするだけでいいのである。

    歴史教科書の採択問題では必ずといっていい位、内政干渉をし、在米韓国人の米国の地方議会でのロビー活動によって、慰安婦像が公共施設に建てられる動きが、反日を旗印にした朴・韓国大統領になってから目立つ。必要以上の攻勢に、ほとんどのわが国国民は辟易としているが、もはや歴史問題は学者レベルで議論すべきとか、調査内容を精査するという段階ではあるまい。

     いよいよこの問題の解決も機が熟しているのではないかと思う。

  • ■学力テスト公表を義務付けた大阪市教委

     ついに大阪市教委は、学力テストの結果公表を市内の小中学校の校長に義務付
    けることとした。文科省は要領から逸脱しているとしているが、徹底した情報公
    開が、学力向上につながることと、何より校長の権限が強くなることは評価すべ
    きだと考える。文科省の要領も結局、学校の判断にゆだねるとしている。

     反対した教育委員の意見は、「上から目線の規定」と評したが、皆、学力を一
    律にして、子供たちの学習意欲を削いできたのが、学力の実態を公開してこな
    かった結果であることを未だにわかっていないことに驚かざるを得ない。

    ●公表しない校長は処分!学力テスト「速やかに公表」ルール化 大阪市教委
     [産経ニュース 2013.10.8 12:03 抜粋]

     4月に実施された文部科学省「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)
    をめぐり、大阪市教委は8日の教育委員会議で、小規模校などを除く全ての市立
    小中学校が学校別平均正答率を速やかに公表するルール化を賛成多数で決めた。
    市教委によると、公表しない校長は処分の検討対象とする。文科省が定めた学力
    テストの実施要領では、学校の序列化を招くとの懸念から公表の判断は各校に委
    ねており、文科省は市教委の動きについて「公表の強制につながるものであれば
    修正を求めていく」としている。

    ※文科省vs大阪市教委…案に委員も賛成

     この日の会議で示された事務方の案では、小規模校や特別支援学校などを除く
    全学校の校長は平均正答率を含む調査結果を「速やかに公表するものとする」と
    し、関連する学校管理規則を変更してルール化。昨年度の学力テストでは校長が
    保護者らで構成される学校協議会の意見を踏まえて公表するかどうかを判断する
    手続きを定めていたが、今後は校長が学校協議会の意見を聞かずに判断できるよ
    うに手続きを改めるとしている。

    4人の委員が「公表により、各学校の学力向上の取り組みに真剣味が増していく
    ことが期待されている」などと賛成したが、委員1人は「上から目線の規定で違
    反者が処分される。校長と話し合い、公表への納得度を高めることが大切だ」と
    反対した。

     市教委は平成26年度から市内で学校選択制が始まることから、昨年12月に
    「選択に必要な情報を保護者に提供すべきだ」と方針を表明。昨年度分の結果の
    公表判断を委ねたが、公表したのは全429校のうち小学校8校、中学校11校
    の計19校にとどまっていた。

  • ■遷御の儀に「日本再生」「日本興隆」を祈る

     昨日10月2日の夜、神宮では内宮遷御の儀が無事、滞りなくとり行われた。20年ごとに行われる神宮の式年遷宮の最大のクライマックスであり、皇室代表として秋篠宮殿下、政府を代表して安倍首相をはじめとして、3000名の奉拝者が浄闇の中をご神体が渡御する行列を見守った。もちろん全国の国民がテレビやネットを通じて、その様子を垣間見る機会に恵まれ、国のいのちのよみがえりを確信することができたのではなかったかと思う。その意味では、多くの人々が遷宮を知ることはいいことだ。

     何故といって、心なしか帰りの電車に乗っている人の数が少なく、皆、この大きなお祭りがどのようなものであるのかを固唾をのんでこの目に焼き付けようとしたのではなかったか。

     カメラを通して、遷御の儀を始める前の「カケコー」が旧社殿から響き渡り、松明にいざなわれながら、150名の神職がご神体をお移しになる様子は、実に幻想的であり、この世に本当に天照大御神様がおわしますと思われるほど、身に迫ってくる程の重層感を感じた。

     常に天照大御神様の御稜威が新しく輝いて頂きたいという、日本人の祈りと願いが1300年間という気が遠くなるほど時間の中で、20年ごとの遷宮を実現させてきたわけであるが、「日本再生」「日本興隆」を実現させようとする機運は、どんな状況の中でも俊敏に力強く対応していこうとする前向きの生命力を感じるのである。

     万世一系に続いてきた皇室の伝統を覆す可能性があった女性宮家創設問題が頓挫し、7年後には新しい東京五輪が開催され、世界の中の日本を強くアピールする機会が与えられるという、まさに国運が上向きになる流れの中で、この式年遷宮こそわが国の再出発であり、時代を切り開いていく力となることを強く確信した。